弁護士の木下です。
先週になりますが、舞鶴女子高生殺人事件の裁判で、大阪高等裁判所が逆転無罪判決を言い渡しました。
この事件は、いわゆる犯人性が最大の争点で、無罪を主張していた被告人について、状況証拠の積み重ねだけから、犯人と判断できるのか否かが争われていました。
殺人に関する直接的な証拠もなく、自白もしていない被告人に対して、殺人犯人として死刑を求刑するわけですから、万に一つの間違いすら絶対にあってはならないことです。たまたま被害者と知り合いであったことから、何かの間違いで自分が逮捕されて被告人になることは、考えてみれば本当に恐ろしいですよね。私の知人にも、冤罪によって、誤って絞首刑にされることを想像すると、ぞっとするという話をされる方は多いです。
一方で、この被告人が殺人犯人であるにも関わらず、嘘の否認をしているだけであれば、絶対に許せないことであって、厳罰に処するべきでしょうから、このような状況証拠による犯人性の判断は、刑事裁判の中でも最大のポイントとなります。したがって、私が司法修習生のときにも、このように状況証拠から犯人性を争う刑事事件については、たくさんの題材を与えられて、頻繁に訓練を受けてきましたが、ここで犯人性を認めるか否かの大きなウェイトを占めるのが、「秘密の暴露」の有無になります。
犯人性が争われる否認事件において、最近はマスコミも、この「秘密の暴露」という言葉を使いますから、皆さんもお聞きになったことがあるかもしれませんね。要するに「秘密の暴露」とは、被告人が犯人しか知り得ないような「秘密」を知っていて、それを「暴露」しているのであれば、その被告人を犯人と考えて間違いないだろう…という考え方です。
当初私は、この舞鶴女子高生殺人事件において、「秘密の暴露」があるという報道を耳にしていましたから、「じゃあ、犯人に間違いないんだろう」くらいに考えていました。そのくらい、「秘密の暴露」は重要と教育されていましたし、一般人の常識に照らしても納得できる合理的な考え方だと思うからです。実際に、京都地裁の第一審でも、この「秘密の暴露」…具体的には犯人は猥褻目的で被害者の女子高生に近づいたとされているところ、被告人は、被害者の当日の「下着の色」などを知っていたことが重く評価されて、犯人性が認められた結果、被告人は無期懲役の有罪になりました。
ところが、今回の大阪高裁は、京都地裁が「秘密の暴露」があると判断した同じ事実について、全く異なる評価を下しました。すなわち、下着などの色や形に際立った特徴はなく、特に犯人しか知り得ない情報とは考えられないと排斥したのです。いわば、秘密の質について、より深く検証し、その情報価値の程度によって、犯人性の決め手になるかどうかは異なると判断したわけです。
たしかに、一口に下着の色と言っても、たとえば、被害者の女の子の「下着の色はピンク色だった」という供述と、「下着の色は豹柄模様で、しかも特徴的な大きな日の丸の刺繍が入っていた」という供述では、何となく想像できる情報か、通常はおよそ想像できないような情報か、情報価値の程度には著しく差があります。それでも従来は、優秀な日本の警察が逮捕して、検察が起訴した以上、おそらく犯人に間違いないのだろうという雰囲気になり、何となくこれらの情報をひと括りにして、「秘密の暴露」が存在すると評していた風潮があったように思います。恐ろしい風潮です。
これに対して、今回の大阪高裁は、情報の価値を吟味して、深く踏み込んだ判断に及んだわけですが、このような判断に至ったポイントとして、捜査に対する裁判所や世論の不信感を挙げざるを得ないと思います。捜査機関というものは、容疑者を自白させるために、やや強引な方法によって、供述を誘導するくらいのことはあるだろう…という疑念と言い換えてもよいと思います。最近検察の不祥事や、東電OL殺人事件の再審を始め無罪判決が続きましたから、かなり疑いの目をもって、警察や検察の捜査が厳しく見られていることは間違いないでしょう。
たとえば、「ぶっちゃけ、最近の若い女の子の下着は何色が多いと思う?」という雑談的な捜査員の導入に始まって、容疑者が「わからないです」と答えても、「お前、警察をナメるなよ。真面目に考えてしっかり答えないと、いつまでも帰さないからな!」くらいの脅しが入って、仕方なく「ピンク」とか「白」などの当たり障りのない色の中から、実際の被害者の下着の色と同じ答えに容疑者が行き着いたところ、「そうだろう、そうだろう!」と捜査員が相槌を打ちながら、「(同じく若い女の子の被害者も)その色の下着だったと思います」…みたいな容疑者の話に持っていく可能性…これくらいのことは、最近の信用できない検察や警察なら、やり兼ねないでしょう…という高裁の思考経路が読み取れるような気がしました。
私は、舞鶴女子高生殺人事件の詳細な裁判の資料を見ているわけではないですから、大阪高裁の判決の当否をコメントするつもりはありませんが、少なくとも推定無罪の原則に立ち返った判決として、有力な潮目に位置付けられるかもしれないと思います。
ご遺族には非常に辛い判決でしょうが、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則がきちんと守られなくては、真の成熟した法治国家とはなり得ないでしょうから、このように「秘密の暴露」を厳格かつ慎重に判断することは、考え方の方向性としては正しいと思います。
あとは、少なくとも検察や警察は、これを「意外な判決だ」と、いつものように上から目線で紋切り型の批評をするのではなく、何故裁判所がこのような厳しい認定をしたのか、捜査機関に対する信用性が下がっていることを真摯に見直して、捜査方法の改善などに役立てて欲しいです。そうでないと、冤罪に巻き込まれる被告人が新たな被害者となり、無罪判決を聞かされる被害者の遺族は、二重に傷つく被害者になるだけになりますから。
このような重大な刑事事件に関わる人達の責任は、本当に重いと思います。