アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。
テレビ番組のために取材協力した出演者がテレビ局を訴えるという裁判が、今週大阪地裁に提起されました。この報道番組は、生活保護受給者に対する医療費扶助制度が悪用され、無料で入手された向精神薬が売買されている実態を放送したもので、この出演者は薬の入手方法を説明したり、売買現場の近くを案内するなどして取材協力したそうです。その際、出演者の顔はモザイクによる画像処理がなされたものの、自宅玄関や室内はそのままで、声の加工もなされないまま放送されたところ、放送終了から約40時間後に、出演者が何者かの襲撃を受けて頭蓋骨骨折などの重傷を負ったため、テレビ局に対して損害賠償を求めたわけです。
襲撃相手を訴えるならともかく、このケースでテレビ局を訴えるのはちょっと珍しい裁判ですから、今日はこの裁判で予想される論点を取り上げてみます。
この裁判の主な論点としては、①テレビ局の過失の有無、②因果関係の有無、③過失相殺による損害の減額などが考えられます。
法律構成としては、不法行為と債務不履行(出演契約に付随する安全配慮義務違反)の両方が考えられますが、主要な論点には大差はないと思います。
まず、①テレビ局の過失の有無とは、この出演者の身元を判別できなくするために、テレビ局がどこまでの配慮をすべきであったかがポイントです。これを「出演者の安全に配慮する注意義務」と呼んでも良いと思います。具体的には、ア、出演者に対する襲撃を予測できたか、イ、予測できたのであれば、それを回避すべき措置は取れたかが争いになります。
取材内容が犯罪のスクープで、それに協力した出演者に対する報復が十分予想できるなら、声の加工処理を怠ったことなどについて、過失が認められるかもしれません。
次に、仮に過失が認められても、②出演者の損害との間に因果関係がなければいけません。襲撃犯人がテレビの放送を見て襲撃を決めたと証言してくれれば一番良いのですが、これがないとなると、意外にこの証明は難しいかもしれません。放送後すぐに襲撃に遭ったのであれば、因果関係は当然認められるようにも思いますが、このような出演者については、出演前に周囲の人に対して既に情報をリークしている場合も考えられるので、もともと襲撃は計画されていて、放送と襲撃が偶然重なっただけであるという可能性も否定できないからです。
最後に、仮に過失や因果関係が認められても、③出演者の損害額は大いに争いになるでしょう。大幅な過失相殺の可能性があるからです。
報復の危険が考えられたのであれば、番組に出演したことが出演者自身の落ち度とも考えられます。実際、このような番組に出演して詳細に犯罪手口を説明できる人間というのは、かなり限られているはずです。そうすると、いくら顔のモザイクや声の加工をしても、出演したこと自体が身元特定の大きなリスクであって、損害賠償が認められるとしても、その損害額はかなり減額されるように思います。また、特にこの出演者が出演料を受け取っていたのであれば、更に過失相殺による減額の可能性が高くなるように思います。出演は義務でもないですし、出演者自身がお金が欲しくて自ら危険を冒したのだから、それに付随するリスクも甘受すべきだと評価されやすくなるからです。
いずれにしても、この裁判が改めて示すことは、犯罪やプライバシーに深く関わるセンシティブ情報の取り扱いは難しいということです。
この裁判で争われるであろう安全配慮義務というものは、もともとは物理的に危険な作業に伴う契約に付随する注意義務として考えられてきたものです。例えば私が扱ってきた事例ですと、高層ビルの建設作業中の転落事故とか、研磨機械での作業中における指の切断事故などがあります。身体的な安全以外にも、家具の搬入設置業者が作業中に、床を傷付けてしまったような場合でも、安全配慮義務が問題になるのですが、やはり物理的危険作業の範疇に入るものです。そういう意味では、今回の身元発覚防止措置というものは、あくまで情報のコントロールの仕方に関するものであって、従来の典型的な安全配慮義務の範疇外の異質な側面がありますが、現代の情報社会においては、むしろこちらの注意義務違反も十分恐ろしいものになってきていることは、有名人の行動の暴露などで炎上した、最近のいくつかのツィッター事故を見てもよく分かります。
風変わりなB級ネタ的な話題性が先行した感もありますが、現代の情報社会型の安全配慮義務違反の基準を決めることになるかもしれないこの裁判の結末は、日頃からブログやツィッターなどで情報を発信している全てのユーザーにとって注目ですね。