強盗致傷罪などの罪に問われて、大阪高等裁判所で控訴審をしていたところ、父親の葬儀に出席するための勾留執行停止の機会を利用して逃亡していた被告人が逮捕されました。9年ぶりの身柄の確保でした。

 刑事裁判の被告人のうち、逃走とか証拠の隠滅のおそれがある者については、判決で有罪になる前でも、勾留手続きによって、警察などに身柄を拘束されます。ただ、勾留中であっても、裁判所が「適当と認めるときは」、一時的に勾留を停止して、身柄を解放することが認められているのです(刑事訴訟法第95条)。ここで、「適当と認めるとき」とは、勾留の目的を阻害しても、なおその執行を停止して釈放すべき緊急あるいは切実な必要がある場合をいう、とされています。
 この被告人についても、2004年1月に大阪市で開かれた父親の葬儀に出席するため、裁判所が勾留執行停止を認めたので、一時的に身柄が解放されました。刑事裁判の弁護人である弁護士も葬儀に同行したらしいのですが、被告人は隙をついて逃走し、以来9年間の逃亡を続けていたようです。

 こういう報道を見ると、被告人の弁護が仕事とはいえ、どこまで目の前の被告人を信じて弁護活動をすることが正しいのか…弁護士の仕事というものについて、正直悩んでしまうところがあります。
 大阪地方裁判所の判決によると、この被告人は拳銃を所持して店舗に押し入り、従業員に重傷を負わせて、4800万円相当の金品を奪って逃走した罪で、懲役10年の判決を受けたようです。罪状がかなり荒っぽいだけに、万が一逃走中に類似の犯罪を起こして、人が亡くなるなどの最悪のシナリオを考えると、勾留執行停止の申し立てをした弁護士や、この勾留執行停止を許可してしまった裁判官らは、この9年間内心気が気ではなかったのではないかと思います。
 一方、そうは言っても、被告人は、判決が確定するまでは刑務所に収監される囚人とは違うわけですし、今回の父親の葬儀への出席のように、社会通念上本当に勾留を解いて配慮してあげなくてはならない理由はあるでしょうから、結果論だけで批判することは難しいところがあります。私が弁護人でも、被告人から父親の葬儀への出席を希望されたら、勾留執行停止の申し立てをするでしょうし、監督責任を果たすために、葬儀が終わったら速やかに再度勾留に服することを何度も被告人に約束させた上で、葬儀に同行し、それでも被告人が逃走してしまったのなら、どうしようもないと考える他ないのかもしれません。

 結局、被告人の逃亡によるリスクや弁護士自らの保身だけを考えたら、わざわざ勾留執行停止の申立てなどしない方が良いに決まっていますが、目の前の被告人を信じてあげたいし、親の葬儀には立ち会いたいというのは、人として当然に理解できる欲求ですから、被告人の利益のために、何とかしてあげたいと考えるのも当たり前で、それこそが弁護士の仕事です。そう考えると、もし被告人に裏切られることがあっても、被告人の良心や更生を信じて、何度もサポートする…そんな慈母的な気持ちがなければ、刑事弁護を全うすることは難しいのかもしれません。