ヤクルトのバレンティン選手が日本プロ野球記録を更新する年間56号に続いて57号の本塁打を打ちました。
年間本塁打55本の記録は、これまで王貞治さんらが持っていた記録で、日本プロ野球記録の聖域のような扱いでしたから、とても大きく報道されましたが、前楽天イーグルス監督の野村克也さんやヤンキースのイチロー選手などがネガティブなコメントを出したので、ちょっとした物議を醸しています。
メジャーリーグで実績の少ない外国人のバレンティン選手が記録を更新することに対する批判は、差別的で好ましくないですから置いておくとしても、これまでの記録保持者である王さん、ローズ、カブレラの3人は、いずれも優勝チームの主軸だったので、やはりこの聖域的な大記録は、そのようにチームの優勝に大きく貢献した主砲に破って欲しかった、という意見は、私も分からなくはないです。
私は、既に消滅してしまった近鉄バファローズの熱烈なファンでしたから、近鉄に所属していたタフィー・ローズ選手が初めて王さんの記録に並んだ2001年シーズンのことをよく覚えています。この年、近鉄は看板の「いてまえ打線」で打って打って打ちまくって、平成元年以来12年ぶりの優勝を遂げたのですが、ローズは3番打者として本塁打を量産し、前年最下位だったチームを一気に優勝争いに押し上げました。そんなシーズン大詰めの中で、私は、ローズが当時西武ライオンズのエースだった松坂大輔投手から55号本塁打を放った試合を大阪ドームで観ましたが、優勝を左右する大一番で、ビリビリに張り詰めた重苦しい雰囲気が漂う中での大記録達成でした。個人記録どころではない緊張感の中で、12年ぶりの優勝に大きく前進する価千金の一打でしたから、たしかに記録の重みという意見については、成程と感じるところもあるのですが、こればかりはバレンティン選手もどうしようもないことです。
むしろ私がやや違和感を覚えるのは、試合数が異なるのに、単純に本塁打数だけを比較しても仕方がないところがあるだろう、ということです。打率や勝率など数字が上げ下げするものや、現在マー君こと田中将大投手が続けている凄まじい連勝記録であれば、試合数には関係なくフェアに比較ができますが、ホームランや打点の数、投手だと勝利数など、いわゆる積み上げる記録を比べるためには、前提として、同じ試合数のペナントレースで比べなくては余り意味がないということです。
日本のプロ野球の歴史は毎年同じ試合数で実施されて来たわけではなく、王さん、ローズ、カブレラが55本の本塁打を打ったときは140試合制だったのに対して、現在は146試合制でシーズンの日程が組まれています。今年のバレンティン選手は、王さんらよりもハイペースで本塁打を打っているので、何らその価値を損なうものではないですが、スポーツ選手はメンタルが成績に占める要素が極めて大きいので、最初から王さんやローズらと同じ試合数しか組まれていない制約下でプレーしたら、また別の結果になるかもしれません。したがって、たとえば146試合制の下でプレーしている選手について、140試合消化時点での本塁打数と、最初から140試合制でプレーを終えた選手の本塁打数を比べることも難しい、というのが私の考えです。
同様に本塁打と安打の違いはありますが、イチロー選手が初めて日本球界で年間200本安打を達成した1994年は更に少ない130試合制でしたから、やっぱりその後の選手との安打数の比較は難しいと言わざるを得ません。
これと似たような例で、たとえばサッカーのJリーグでも、毎年得点王というタイトルがありますが、年間最多得点という数字はほとんど意識されていないと思います。Jリーグは少しずつチーム数を増やして来た関係で、毎年の試合数が異なる時期が長かったですし、レギュレーション上、延長戦を設けるか否かで、プレー時間もかなり変わって来るため、単純に過去のシーズンの得点数の価値を比べられないことが明白だからです。
このような前提となる試合数が異なる中での数字を積み上げる記録については、おそらくギネスブックや法的な認定をしようとしても、判定が難しくなるはずです。
そうは言っても、バレンティン選手の記録は文句なく素晴らしいですし、今後○○試合制の記録は王さん、●●制の記録はバレンティンなどと区別されることなく、日本最高の本塁打記録として、永らく残るものですから、そのような試合数の比較の雑音を黙らせて、王さんらの記録をぶっちぎりで分かりやすく更新する本塁打…60本といわず、70本の大台超えくらいのスーパーな大記録を打ち立てて欲しいと思っています。