最近、非常に痛ましいストーカー殺人事件がありました。犯行当日も相談を受けていた警察の対応が問題になっていますが、あるプロ野球選手がツイッターで、犯人と以前交際していたことなどを被害者の落ち度として、彼女を批判したことが新たな波紋を呼んでいます。球団は炎上の応対で大変だったようですが、そもそも被害者のはずなのに落ち度とは矛盾した話で、「被害者の落ち度」という概念とは何なのか、少なからず疑問を持つ方はいらっしゃると思います。
この点、一見矛盾した言葉ですが、刑事裁判において、この「被害者の落ち度」という弁解が使われることは、そう珍しいことではないです。刑事弁護において、被告人の減刑を求めて時々使用される手法で、具体的には、被害者側が侮辱的な挑発を繰り返したから、冷静さを失った被告人が暴行を加えてしまったなどのように、犯行のきっかけになった言動は被害者側にあるから、相対的にこれを斟酌して減刑して欲しいという主張をすることが典型例だと思います。
刑事弁護人としては、やむを得ない仕事の一つかもしれないですが、被害者側の関係者を重ねて傷つけてしまうことも多いので、このような主張をするかどうかは、弁護士としてかなりの慎重さを要します。
この事件に置き換えますと、元交際相手という人間関係だけをもって、犯行の遠因とすることは難しく、弁護人としては強烈な世論のバッシングを受ける危険があるので、悩ましいでしょうが、それでも弁護人はそのような主張をするかもしれません。そうなれば、このツイッター騒動以上の議論になるかもしれないです。
実際に私も、例えば離婚事件の相談の中で、とてもせこい奴だとか、自分勝手でわがままな男だと、ご主人との性格の不一致などに不満を爆発させて、やや法外な高額慰謝料を要求したいと興奮する依頼者の奥さんに対して、一通りお話を聞いた上で、タイミングを見計らって、「ただ、そのご主人を選んだのも、奥さんですね」とお話して、少し冷静になって慰謝料の妥当性を考えていただくきっかけにすることはあります。ですから、当事者間で面識すらなかった通り魔事件と、元配偶者や元交際相手との殺傷トラブルは、全く同じではないという意見があることもわからないではないです。
しかし、私が弁護人であれば、この三鷹ストーカー事件の被害者について、このツイッターのように、被害者の落ち度を指摘することは、とてもできないと思います。それは、この被害者がまだ未成年者であることと、余りにも被害の結果が重大すぎて均衡を欠くからです。つまり、元交際相手だから自己責任…と批判するには、まだ周りで保護してあげないといけない年齢だから難しいと思うし、仮に本人が間違って良くない交際相手を選んでしまったとしても、ちょっとした暴言暴力を受けたという域ではなく、ここまでの悲惨な被害に遭うことは、通常予見できる域のものではなくて、責めようがないと思うからです。
また、このような最悪の結末には至らなくても、我々弁護士が扱う事件のうち、男女間のトラブルに関する相談は年々増えている印象があり、それは見ず知らずの他人ではなく、いわゆる元カレ、元カノという以前の交際相手などのように、一定の深い人間関係にあるもの同士で起こることが多いです。そのような事実からすると、そもそも異性関係にあること自体のリスクが社会全体的に年々高くなっているとも言えますから、自分が選んだ人間関係、特に異性関係…というだけで落ち度と呼ぶには、きりがない時代のように思います。
男女間トラブルは、本人にも弁護士にも難しい時代になって来たように感じます。