先日、いわゆる富田林少年殺人事件として報道されている殺人事件に関する民事裁判の第一審判決が言い渡されました。判決後、堺市役所内で記者会見の席が設けられ、担当弁護士として出廷した後、私も取材を受けました。
この事件の刑事裁判では、判決の言渡しの後、付言による異例の言及がありました。この付言は、少年法の制限があるために、裁判所はこのような判決を選択せざるを得なかったが、裁判所としても必ずしもこの判決に納得できないところがあるため、適正な少年法の改正を望む、という立法論に踏み込んだもので、極めて異例の内容でした(少年法の不定期刑の改正は必要か?【富田林少年殺人】)。少年法の法定刑の範囲が制限され過ぎていることに対して、現場を担う裁判所の大きな不満と違和感がストレートに発せられた判決が与えた影響は大きく、それが現在審議されている少年法改正案の大きな契機となったことは法曹界では有名です。
私がこの裁判員裁判において、ご遺族の代理人弁護士として被害者参加したことは、以前も記させていただきましたが、今回の民事判決は、殺人を犯した少年とその両親に対して、ご遺族が損害賠償を求めたもので、損害額などが争いになりました。この裁判でご遺族は、従来相場とされた死亡慰謝料を大きく上回る慰謝料を敢えて請求したからですが、これはこれまでの裁判実務において、損害論がどちらかというと軽く扱われて、定型的で画一的な判断しかされない傾向があったことに対する強い疑問に基づきます。不注意の事故によって大切な家族を失うことも、埋めようがない痛みには違いないことは十分分かっているのですが、やはり亡くなる理由や態様…たとえば、余りにも理不尽で不合理な理由によって、突然惨殺された子供などについては、遺された親御さんら家族の苦痛は更に大きく評価せざるを得ないのではないか、ということです。あるいは、人の命は勿論平等でも、人が一人亡くなったら、機械的に相場でいくらが慰謝料とひと括りに決めてしまいがちな既存の考え方は、少し乱暴なのではないか、ということです。
今回の民事裁判の判決は、刑事裁判の判決のような付言はありませんでしたが、既に新聞各紙で大きく報道されたとおり、従来人が一人亡くなったときに相場とされてきた慰謝料の金額よりは、大幅に増額された慰謝料が認められました。
また、死亡慰謝料というものは、実務上原則として、亡くなった本人の苦痛や無念を評価して、これを相続する形で認めるのですが、今回の判決では、両親だけでなく、兄弟についても固有の慰謝料(亡くなった本人の慰謝料の相続分だけでなく、法定相続人以外についても、直接慰謝する必要があるということ)が認められました。兄弟についても固有の慰謝料を認めることは従来の裁判実務からは稀な判断で、既存の相場に基づいて亡くなった人の命を画一的に評価するのではなく、その人や周りの人々との人間関係などを個別具体的にきめ細かく評価してもらえた結果だと思います。
一般の方の常識に近く、これはご遺族が挑戦された既存の固定概念を破るもので、大きな前進でした。既存の常識に関する疑問に挑戦するご遺族の気持ちを汲み取って、私も微力ながら、今後もご遺族を支援するつもりです。