アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

   今日は七夕ですね。私の学校では高校になっても短冊に願いを書いて、みんなで笹の木に吊していましたが、自分が何を願っていたのか、どうにも思い出せません(少なくとも、弁護士になりたいなどの類でなかったのは確かです)。今から思うと純朴な高校生でした。ただ、私が純朴というよりも、私の高校が中高一貫の国立で、6年間を通じて一学年男女半々の120人だけの少人数だったこともあって、いい意味で非常にアットホームな学校でした。6年間で会話をしなかった同級生などいませんし、高校受験がなくて悪童仲間とやんちゃばかりして、中学3年時には一番遊んでいたので、同級生というよりは兄弟姉妹に近い感覚です。5年ぶり10年ぶりに再会しても違和感なくあの頃に戻れる仲間がいるのは、私の大切な財産になっています。今度、私が何を祈って短冊を吊していたのか、尋ねてみようと思います。そういう関係の同級生ですから、誰か覚えてくれているかもしれません。

   さて、現在日本のJリーグはシーズン真っ最中ですが、今年この七夕の前々日に一人のJリーガーが夢を叶えて、海外移籍を果たして旅立ちました。彼の名前は「伊野波雅彦」、現役の日本代表選手であり、私が応援する鹿島アントラーズ所属のディフェンダーでした。伊野波は2008年シーズンにFC東京から移籍してきた選手ですから、鹿島の生え抜きではありません。しかし、子供の頃からアントラーズファンだったと公言し、アントラーズ愛を全面に押し出した闘志溢れるプレーを披露してくれたので、サポーターからの人気も高かった選手です。その伊野波が念願の海外移籍を果たしたにもかかわらず、今回懐疑的で批判的な意見があります。理由は、移籍先がクロアチアリーグであることと、違約金が比較的低額であったことの二つです。
   まず、一つ目の理由ですが、クロアチアはワールドカップ3位になった実績もあり、「東欧のブラジル」と称されるサッカー強豪国です。ただ、国内リーグとなると微妙で、ステップダウンになる可能性が高いと危惧する専門家も少なくないわけです。
   しかし、これについては、本人も承知の上で、それでもメンタルタフネスなど海外でしか成長できない要素もあると信じてチャレンジするようです。この賭けが成功するのか、国内にいた方が無難だったとなるのかは、トライしてみないと分からないですが、伊野波の人生は伊野波のものであり、リスクを覚悟で彼が挑戦するのであれば、もはや周りがとやかく言うことではないはずです。年俸は大きく下がるようですし、日本ではクロアチアリーグのテレビ放送などなく、露出度も激減しますから、この移籍がお金のためでも名誉のためでもないことは明らかです。それでも挑戦するわけですから、私は伊野波の決断を尊重して、彼の海外での活躍を応援しようと思います。

   ところが、もう一つの理由、違約金については、ちょっと法的に誤解をしている人のコメントを見かけたので、ここで説明しておきます。要約すると、違約金は違法な移籍に対するペナルティーみたいなものだが、伊野波の移籍に伴う違約金である推定20万ユーロ(約2300万円)程度ではペナルティーにもならない。だから、伊野波の移籍はクリーンではないとか、育ててくれたアントラーズというクラブに対して、恩を仇で返したとかいう類の批判です。
   この点、たしかに違約金とは法的には損害賠償金のことです。そして、損害賠償金は債務不履行、すなわち伊野波が鹿島との今シーズンの契約期間を満了しなかったことから発生したものですから、たしかに形式的には違法性があります。しかしながら、ここで大きなポイントは、今回のケースは、鹿島と伊野波の間で、契約期間を満了できない可能性があることを想定して、そのときの損害賠償の金額が事前に決められていたことです。これは法律上「損害賠償額の予定」と呼ばれるものです(民法第420条)。通常であれば、損害賠償額は債務不履行の発生後、被害を受けた側(今回だと鹿島側)がどれ程の損害を被ったのかを証明して確定するものですが、今回のケースはそうではないのです。損害賠償額の予定には紛争を未然に防ぐ効果があり、契約上この合意をしていたということは、逆に言えば、鹿島も伊野波との契約期間が満了できない可能性があることを想定していたということです。もちろん、伊野波の放出を望んでいたわけではないでしょうが、鹿島にとっても決して想定外の事態ではなく、事前に予定していた違約金に納得して選手を送り出しているのです。したがって、伊野波に対するダーティーなイメージは避けてあげて欲しいところです。
   特に今回鹿島は、彼の海外移籍の夢を知っていて、これまでの彼の貢献や年齢なども考慮して、あえて違約金を低く設定していたと聞きます。以前、内田篤人選手が鹿島からシャルケに移籍して、今年CLセミファイナルリストになった話をしましたが(「小野伸二」にはなれないが、「内田篤人」にはなれるというのは本当か?【10~11CL】)、篤人のときの推定1億5000万円の違約金よりは、伊野波の方がかなり安いです。そこはクラブとして、伊野波の方が篤人よりも年齢が高いことや、本人の海外志向の強さなどを尊重したのだと思います。とにかく、クラブ側もそこまで細部を詰めて、契約上納得して金額を設定したわけで、債務不履行を折り込んで承諾しているわけですから、違約金というよりも、移籍承諾料とか移籍金と呼ぶことで統一する方がイメージは近いと思います。

   結局のところ、現役日本代表選手の海外移籍ですから、いろいろな雑音もあるでしょうが、伊野波には自分の信じる道を貫いて欲しいです。そして、鹿島の先輩の海外移籍経験者である、鈴木隆行、柳沢敦、中田浩二、小笠原満男(いずれもワールドカップ日本代表選手です)が、すべて一度は鹿島に帰還してくれたように、いつかまたアントラーズのユニフォームに袖を通して、その成長をクラブに還元して欲しいと思います。