アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。
先週天竜川の川下り船が転覆した事故は、遂に5人の死者を数える惨事となりました。
この川下り船では、水流が岩壁にぶつかることで発生する渦の中に意図的に入ることで、観光客にスリルを味わせていたようですが、結果的には自然の恐さを再確認させられる事故となってしまいました。
事故原因として、経験不足に基づく船頭の操船ミスや、転覆を想定した訓練を一切実施していなかった会社の杜撰な安全管理体制などが指摘されていますが、法律的観点からは私としては、ライフジャケットとも呼ばれる救命胴衣の着用が徹底されていなかったことが一番気になりました。水中の転落事故において、救命胴衣さえ着用していれば、その生存率は非着用の場合の数倍に上がると言われているところ、船舶職員及び小型船舶操縦者法第23条の36は小型船舶操縦者の遵守事項を規定していて、その第4項は船頭に対して、船外への転落に備えるために乗客に救命胴衣の着用などの必要な措置を講じなければならないとして、救命胴衣の着用を義務づけているからです。
ところが、このように法的にも安全に配慮されていることはよいのですが、この義務の対象は航行中の小型船舶に乗船している12歳未満の小児であり、12歳以上の子供や大人に対しては、着用を促す努力義務を認めるだけでした。この努力義務とはいかにも中途半端な対応ですし、そもそも合理的な区別なのかが大いに疑問です。たしかに、小児は体力的に要保護性の高い弱者でしょうが、毎年海や川で多発するいわゆる水の事故の被害者は小児だけとは限らず、かなりの数の大人も命を落としているからです。その理由として、準備運動なしに水中で身体が急激に冷やされることによる運動機能の低下には、余り体力差は関係ないことを耳にしたことがあります。そうだとすると、この年令による法令上の区別に合理的な理由はなかった疑いが残ります。
仮に百歩譲って体力差による区別を設けるとしても、今回の転覆事故で多数の65歳以上の方が亡くなったことに鑑みると、高齢者の要保護性は小児に匹敵するもののはずであり、やはり現行法の保護は不十分であったとの非難を受けてもやむを得ないように思います。この点は、今後ますます進行していく高齢化社会のルール作りの中で、他の分野でも既存のルールが本当に適切に対応できているのか、しっかりと再検討していただきたいと思います。
また、そもそも船舶職員及び小型船舶操縦者法は、エンジン動力を備えた船を対象としています。
他方、エンジン動力を備えていない船の安全については船舶安全法が規定しているのですが、こちらは救命胴衣などの配備を求めるだけで、その着用義務には言及していません。したがって、多くの川下り船に見られるようなエンジン動力を備えていない船における安全配慮は、法律の網から抜け落ちたような状態になっているのです。
ジェットコースターの転落事故のときもそうでしたが(コースター転落死亡事故)、このような事故があると、国は慌てて救命胴衣の着用の義務づけを指導し、同業者も一斉に安全点検に入ったようですが、立法者の対応として本当にそれでいいのだろうかと思ってしまいます。先程も触れたように、水中の転落事故における要保護性は年令に大差があるとは思えないし、乗船する船にエンジンがあるかないかにも関係がないことは素人目にも明らかなので、どう考えても現行法の安全配慮は不十分だったと感じざるを得ないからです。
願わくば大きな事故が起こる前に、危険の可能性をきちんと想定して適切な立法を実施し、各事業者も営利だけでなくコンプライアンスを遵守して、安全点検を徹底的して欲しいものです。