アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。
現在韓国で世界陸上が開催されています。たくさんの有名な選手がいますが、その中でも最も注目されていた選手の一人は、やはり男子短距離走のウサイン・ボルト(ジャマイカ)だと思います。北京オリンピックにおいて、ボルトはすべて世界新記録での短距離3冠を達成しましたが、その圧巻のパフォーマンスには、彗星のごとく異次元の世界から現れたような凄い迫力がありました。
さて、そのボルトが男子100メートル走の決勝において、フライングによる失格となったことには驚くとともにがっかりした人も多かったと思います。
このフライングのルールは何度か改正されていて、かつては同一選手が二回目のフライングをしたときに限って失格となっていました。実は、私は、中学高校と陸上部に所属しておりましたが、そのときのフライングのルールは正にこれでした。私の専門は3000メートルなどの中長距離走でしたが、スピード感を養うために時々100メートル走の試合にも出場しましたから、公式戦での短距離走のスタート時におけるあの独特の緊張感はよく分かります。コンマ何秒の世界で勝負する競技ですから、一瞬のスタートの遅れは致命的になります。しかし、当時のルールですと、とにかく自分が二回フライングをしなければ失格にならないわけですから、一回目のスタートについては思い切った勝負をかけることができました。号砲とバッチリ合った会心のスタートは気持ちが良いし、好記録も期待できます。
ところが2003年にルールが改正されて、一度フライングがあった後は、次は誰がフライングをしても失格させられることになりました。私はこのルール改正までしか知らなかったので、今回も最初に誰か別の選手がフライングをして、ボルトが二回目のフライングの餌食になったのかと思っていました。ところが、近年更にルール改正があって、昨年1月1日からフライング一回で即失格とする新ルールとなり、これによってボルトが一発失格になったことを知って再度驚きました。と同時に、いかにルールとはいえ、文字通りたった一回のフライングによって、ボルト不在のままで100メートル走の決勝が行われたことには、やはり大変残念だと思いました。
ボルトは、この新ルールの不当性を訴えて、失格の無効確認などを裁判で争うことはできないのでしょうか?
何年も準備してきた大きな試合の舞台にすら立てなくなるリスクを考えると、現在のフライングのルールは厳し過ぎると訴える選手がいても不思議ではないですが、このようなスポーツのルールは法的にも各団体の自主性が強く尊重されているところ、このルール改正は国際陸上連盟総会で可決されたものですから、その手続き違反がなければ、その内容の不合理さを裁判などで争うことは難しいです。今朝の日経新聞のコラムでも、この件について、識者が現在のルールを批判することは的外れだとコメントしていました。
もっとも、現在のフライングの新ルールが有効であることはよいとして、そもそも何のための改正なのか、その妥当性についての問題提起はあるべきだと思います。
たしかに一度フライングをした選手だけでなく、次にフライングをした別の選手が失格になるのは不公平だと思いますし、同走者にプレッシャーをかけるために故意にフライングするなど、ややダーティな駆け引きが続出したため、2003年ルールを改正する必要性があったことは分かります。しかし、私には最初の改正の方が疑問です。同じ選手が二回フライングをして初めて失格になる昔のルールは、オリンピックや世界陸上などの大きな大会で、テレビ中継の放送時間が収まらないため改正されたそうです。いわば競技の本質とは全く関係ない便宜的な改正ですから、力を存分に出せない選手も増え、競技の迫力も削がれる可能性が高くなることは残念な気がします。テニスをされる方なら、従来のダブルフォルトが一回目のシングルフォルトから即失点になる改正がされたと考えると分かりやすいと思います(ただ、陸上は失格処分ですから、更に重いわけですが)。恐らくテニスの戦略そのものが変わり、迫力あるサービスエースは激減して、魅力的な試合も少なくなってしまうと思います。勿論、莫大な放映権料が運営費になっている以上、現代社会において、もはやテレビの都合は無視できないでしょうが、もう少し何とかならないものかと思ってしまいます。例えば、予選までは競技進行の便宜のため、現在の新ルールによる一発失格にして、おそらく実力者のみが残る準決勝や決勝だけは、古典的なルール(同一選手が二回目のフライングをしたときに限って失格)によって、存分に雌雄を決するような折衷案もあり得るかもしれないです。
さて、今日の男子200メートル走でボルトの逆襲はあるのでしょうか?そのスタートの瞬間に、世界中のスポーツファンが注目が集まることでしょうね。