リーガルジャパン代表弁護士の木下です。
NHK大河ドラマの「江」が最終回を迎えます。途中夏場辺りで録画した放送が4話ほど溜まったときは脱落しかけましたが、私も何とか無事に最終回までたどり着くことができました。
さて、織田信長の姪であり、淀の方の妹にして、二代将軍徳川秀忠の正室であり、千姫や三代将軍徳川家光の母でもある江ですが、晩年には世継ぎ争いが大きなテーマとして描かれました。後の春日局である乳母福が推す長男竹千代と江のお気に入りの聡明で活発な次男国松との争いです。家長を決めるお世継ぎ問題はお家の一大事ですから、派閥などを中心としてかなりドロドロした争いになることも理解できます。
このような武士の家父長制度は江戸時代に発達したものですが、実は明治31年に制定された旧民法においても家制度として踏襲されました。そして、この家制度は個人の尊厳を謳った日本国憲法の制定に合わせて、昭和22年に民法が大改正されて廃止されるまで続きましたから、竹千代と国松のような世継ぎ争いというのは、それほど大昔のおとぎ話というわけではなく、今から数十年前までには現実に勃発していたわけです。
この家制度によると、「家」は「戸主」と「家族」から構成されることになります。
戸主は、家の統率者として前戸主の全ての財産権を単独相続するとともに、家族の様々な権利関係は戸主の意思に左右されるという圧倒的な決定権を持っていました。例えば、家族の婚姻や養子縁組に対する同意権は戸主にありますから、戸主の了解なしに家族は結婚することができませんでした(改正前民法第750条)。親の反対を押しきっての駆け落ちなどは、当時の感覚としては、おそらくあり得ないような大罪だったのでしょうね。また、戸主には家族の居所指定権がありましたから、家族が住む場所についても戸主の了解が必要でした(改正前民法第749条)。現代の息子さんや娘さんなら不自由さに息が詰まって、すぐにぐれてしまうかもしれません。
一方、戸主は家の統率者として家族に対する扶養義務を負いました。絶大な権利を持って家族に干渉する代わりに、しっかり養わなくてはならないというわけです。養うべき人数も多いですから、それはそれでかなりのプレッシャーがあったのでしょうね。
私は長男ですから、世が世なら戸主として家督相続をしなければならなかった可能性が高いのですが、両親に加えて弟夫婦やその子供達である甥や姪の生活の面倒まで全て賄うのはたしかに大変だと思います。戸主として、悠々自適でたくさんの家族を養えるような莫大な財産を受け継げるなら話は別ですが、世の中そうそう楽できるようにはできていないので…。そう考えると、竹千代の時代に長男として生まれなくて良かったと思う反面、男子として生を授かった以上、戸主として家を率いて、自らの力を試してみたかったような気もします。
いずれにしても、一長男としてのこのような思いも抱きながら、徳川家の世継ぎ争いに決着がつき、どのようなエンディングになるのか、明後日の大河ドラマ「江」の最終回を楽しみに待ちたいと思います。