リーガルジャパン代表弁護士の木下です。

  いわゆる裁判ものの映画を見たことはあるが、実際に裁判を経験したことがないので、本当に裁判をするとなるとどのくらいの費用がかかるものなのか、さっぱり見当もつかないという方は多いと思います。ただ、裁判はお金と時間がかかるという漠然としたイメージはあるので、これが法律事務所に対する敷居の高さの一因にもなっているのではないでしょうか?
  今週、この裁判費用の支払いに関して、弁護士のミスで、肺がん治療薬「イレッサ」の副作用を巡る裁判の遺族原告の上告に必要な印紙代が納付されていなかったため、最高裁判所における上告手続きが打ち切られていたというショッキングなニュースがありました。

  まず、我々の依頼者の方とお話していると、裁判費用といえば、高額な弁護士費用を強くイメージをされる方が多いように感じます。裁判費用として裁判所に納める手数料と言っても、すぐにはピンと来ないかもしれませんが、実は裁判をするためには、まず訴状に一定金額の印紙を貼用しなければなりません。国に裁判のための手数料を納付して、初めて法廷という土俵の上に立つことができるわけです。そして、この手数料の納付がない申立ては不適法な申立てとして扱われますから(民事訴訟費用等に関する法律第8条)、このような訴えは却下されて裁判は打ち切られてしまうわけです。

  この手数料は「印紙代」と呼ばれていて、訴訟の目的の価格に応じて、法定の率により計算されます(民事訴訟費用等に関する法律第3条1号別表1)。
  例えば、離婚に伴う慰謝料として100万円の損害賠償を求めて裁判をしようとすると、1万円の印紙を納めなくては裁判所はそもそも訴状を受け付けず、裁判の日程すら決めてもらえません。同様に、裁判で1000万円の請求をするなら5万円の印紙代が、1億円の請求をするなら32万円の印紙代がそれぞれ必要となります。これらは純粋に裁判を開いてもらうために国に納める手数料であって、弁護士費用とは異なりますから、弁護士を付けるか付けないかにかかわらず、裁判のために最低限必要な費用ということになります。意外に高い手数料だと感じる方も多いのではないでしょうか?そして、弁護士を付けるときには訴訟の目的の価格に応じて、更に数パーセント~十数パーセントの着手金や報酬金が必要なことが多いですから、どうしても裁判に一定のお金がかかってしまうのは確かですよね。
  しかも、控訴審では第1審のときの1・5倍、上告審では第1審のときの2倍の印紙代が必要になりますから、1億円の裁判を第1審から上告審までして、控訴も上告もこちらがするとなると、印紙代だけで合計144万円のお金が必要になります。裁判には管轄というものがあって、どこでも好きな場所で裁判を起こすことができるわけではないですから、テレビ番組のように「訴えてやるっ!」と叫ぶのは簡単ですが、現実に裁判を起こすとなると、そのハードルはなかなか高いというお話を以前にしましたが(遠隔地間のトラブル解決のハードル~裁判管轄~【毎日放送ラジオ出演】)、高額の印紙代についても裁判提起の大きなハードルになっていると思います。実際に相談に来られる依頼者の中にも、例えばひどいDV被害を受けたので、たとえ裁判所に認めてもらえなくてもいいから慰謝料として1億円は請求したいと涙ながらに訴えられる方がいます。お気持ちはよく分かるのですが、1億円の請求が認められるか否かの前に、1億円の裁判にかかる印紙代の金額をお聞きになると、ほぼ断念されることになります。ただ慰謝料と異なり、例えば重大な交通事故による高額な治療費のように、既に支払いが発生しているケースでは、この裁判費用のハードルは本当に深刻になります。裁判をしないと、既に支払いを余儀なくされた損害の回収はできないのに、その裁判を起こすための手数料となる印紙代を用意できないことがあるからです。
  そして、このようなときでも、何とか費用をかき集めて来られる方がいて、そのような裁判の責任はとても重いものです。また、そのような裁判費用を積み重ねて臨むことが多い上告審の責任は、一層重いものだと思います。上告審の結末が、遺族原告の求めるものになったかどうかは分かりませんが、これまでにせっかく第1審、控訴審と争ってきておきながら、最終的な白黒を付けることもできずに法廷から退席しなくてはならなくなった遺族原告の無念は察するに余りあります。弁護士側は遺族原告に謝罪して了承を受けたという報道もありましたが、やはり本来はあってはならないことです。慣れてくると我々法曹も見失いがちになりますが、裁判というものには、個々の依頼者にとって、決して安価とはいえない印紙代などの裁判費用がかかっているのであって、そのような高額の手数料を支払ってでも、納得いく解決を求めて裁判に臨んでいる当事者の思いを忘れてはならないですね。