東京事務所の木下です。
先日、飲気帯び運転の摘発書類を捏造したとして、虚偽有印公文書作成罪などの容疑で、大阪府警泉南署の警部補が逮捕されました。この警部補は、飲酒運転の検問において、水増ししたアルコール濃度の数値を記入するなどした疑いがあり、昨年泉南署で摘発した飲酒運転の6割以上を検挙していたことから、府警本部には苦情が殺到しているようです。ただ、この警部補は現在容疑を否認していますから、私も有罪であることを前提に論じるわけではなく、この報道を見た感想だけを述べます。
まず、そもそも皆さんは、飲酒運転の検問を受けたことがおありでしょうか?通常は「風船」と呼ばれるビニール袋を膨らませて、「呼気中アルコール測定器」にかけます。私は運転中に検問を受けたことはないのですが、司法修習において、実際の測定のやり方を見学して、この機器の正確さに大変驚かされたことがあります。
先にご存知ない方も多いでしょうから、司法修習の説明をしますと、我々法律家は司法試験に合格した後、司法修習生として一定期間の研修を受けます。現在は合格者を大幅に増やしたため1年間に短縮された研修ですが、私の頃は2年間でカリキュラムにも余裕がありましたから、裁判書類の作成技術を磨くだけでなく、様々な現場での体験型の研修や見学がありました。具体的には刑務所や高度の精神病院の処遇施設の見学と申し上げると、イメージも湧いてご納得いただけると思うのですが、中には一般の方からご覧になって、やや意外な印象を受けるであろう研修もたくさんありました。たとえば、私は航空自衛隊の小松基地を訪問して、基地内の見学をした後、現物の戦闘機の操縦席を見せていただきました。別の修習地の司法修習生は、陸上自衛隊で戦車に試乗させてもらったそうです。これは何も遊びで訪問しているわけではなく、憲法違反の存在ではないかと日頃から物議を醸す機会が多い自衛隊について、未来の法律家に対して、平時こういう活動もしているということを正しく認識してもらって、公平な議論をして欲しいという目的があるらしいです。また、私は当時完成したばかりの関西国際空港の管制塔内部も見学させていただきました。最新式の航空機管理の現場は、まるで映画の世界に足を踏み入れたようで大変刺激を受けましたが、これも100パーセント航空事故を防ぐことはできないかもしれないが、管理の最前線では最新式のコンピューターを使って各航空機と密に連携し、ここまでやっているという情報を伝えるためでした。
もっとも、明らかにやり過ぎて廃止されてしまったプログラムもあります。関西では近鉄電車試乗という名物研修があり、司法修習生が交代で運転士の座席に座って、現実に電車を運転させてもらえるというものでした。これも決してお遊びではなくて、電車の制動距離って、実はかなり長くて、ブレーキをかけても容易には止まれないということを肌で実感してもらって、将来人身事故の責任などを議論するときには、正しい知識に基づいて判断して欲しいという含みがあったわけです。そして、もちろん運転するのは旅客を乗せた実車ではなく回送車で、すぐ横にはベテランの運転士さんがついてくれていたらしいのですが、運転する路線には通勤客などで溢れるプラットホームや通過待ちの踏切もあるわけで、無資格の司法修習生の運転中に何か事故が発生したら大問題です。そのため、ある司法修習生が出版した書籍の中で、この研修を面白おかしく取り上げたところ、「あきれた脱線修習!?」と新聞で強烈に批判され、私が修習する前年にはあえなく廃止されてしました。当然の結果だと思いますが、不謹慎ながら、このプログラムを体験できなかったことを、秘かに嘆き悲しむ同期修習生は少なくありませんでした。
さて、それこそ話の方が完全に脱線していますが、このような修習は屋外型だけではなく、実は屋内実験的なものも結構ありました。その代表格が嘘発見器研修とアルコール測定研修です。聞くだけで、何か楽しそうじゃないですか?ともに検察修習中の研修でしたが、実際大いに盛り上がりました。
嘘発見器研修の方は分りやすいと思います。嘘発見器には必ず「いいえ」で答えなくてはならないのですが、司法修習生を被験者にして、別の司法修習生がランダムに質問していき、その精度を体感するというものです。たとえば、ある男性の司法修習生に対して、悪友が「あなたは、先日司法修習生の彼女である〇〇ちゃんに内緒で、合コンに行って、××ちゃんというキャンペーンガールを必死に口説いていましたね?」………「い、い、いいえ!」と答えた瞬間に、嘘発見器の針が“ばひゅーん”と振り切れて、一同大爆笑の中、彼女の〇〇ちゃんだけがぴくぴく引きつった笑顔を浮かべていたという感じです。
一方、アルコール測定研修とは、検察官との懇親会も兼ねて、数人の司法修習生がアルコール量のノルマを決めて飲酒し、それを30分後、1時間後…と一定時間の経過とともに模擬摘発をして、飲酒検査の結果を測定して公表するというものでした。2時間後には、最もノルマのきつい「ビール〇杯&熱燗〇合」を担当した司法修習生は、真っ赤な顔をして酩酊していたことを覚えています(なお、誤解のないようにお伝えしますが、これは定時の業務終了後の研修でした。業務中に、司法修習生が酔っぱらって騒いでいたわけではないのです)。
そして、このときに瞬時に呼気1リットル辺りのアルコール濃度をデジタル表示し、紙に印字してみせた最新機器こそが、今回問題になった「呼気中アルコール濃度測定器」でした。私はその精度だけでなく、測定スピードや測定結果の分かりやすさに驚き、日本の科学捜査は本当にすごいなぁと感心したものです。酩酊している同僚と測定結果を見比べて、これなら否認のしようがないなぁと思ったものですが、よもやこんな落とし穴の可能性があるとは、想像していませんでした。あの正確な測定結果を悪意をもって悪用されればひとたまりもないです。科学捜査が精緻なものになればなるほど、基本的な使い手のモラルが厳しく問われるということですね。
以上のように司法修習時代は、たくさんの貴重な経験をさせていただいたわけですが、私は法律家というものは幅広くて相当高い社会経験値がなければ務まらない存在だと考えていますから、あの時代の司法修習を経験することができて本当に良かったと思っています。
ただ、その充実した司法修習期間でも、科学捜査の精度は教えても、その高精度の科学捜査を取り扱う側の人間の手続きやモラルには、わざわざ言及しなかったものです。これまで当たり前の前提として守れていた多くの大切なものが崩れつつある世の中において、落とし穴や死角になっているものは本当にないのか、再度疑ってかかった上で、これからの研修では本質的なところから改善していくべきなのかもしれないですね。