弁護士の木下です。

  数日前になりますが、居酒屋チェーン「ワタミ」のグループ会社「ワタミの介護」が運営する老人ホームで、昨年死亡事故が発生していたことが発覚し、業務上過失致死罪の容疑で捜査されているというニュースがありました。
  記事によると、パーキンソン病を患っていた74歳の入所女性の入浴中、付き添い職員が1時間半も風呂場を離れている間に、この女性を水死させてしまったそうです。施設側は遺族に対して、最初病死と説明して隠蔽を図ったようですが、警察による施設内の防犯カメラの調査から、事故が明らかになりました。

  今のところ、そこまで大きなニュースにはなっていないようですが、私は、この記事に強い関心を持ちました。と言うのも、先週から本格的な仕事初めとなりましたが、実は私も、これと少し共通する要素がある紛争について、年明け早々に証拠保全の仕事が入ったからです。こちらは事故かどうかもまだ明らかではなく、現在継続中の案件ですから、事案を詳細には書けませんが、やはり老人ホームにおいて、入所者が死亡されたものです。

  ところで、この「証拠保全」とは聞き慣れない専門用語でしょうが、これは、本格的な訴訟をする前に、文字通り、相手方にある証拠を保全するための裁判手続きです。一方当事者に証拠が偏在しているために、他方当事者が裁判を起こして勝ち目があるかないかを判断できないときに、訴訟前にこれらの証拠をコピーして入手するとともに、それらが廃棄されたり、改ざんされてしまうことを防ぐ目的があります。
  これまでの証拠保全と言えば、医療過誤事件で病院を相手にして利用されることが典型例でした。病院のカルテなど重要証拠は正に偏在していますし、そのままだと改ざんされるリスクもあるからです。
  また、他の証拠保全としては、株式取引などの証券被害に関する損害賠償において、証券会社を相手にして利用されることもあり、私は、複数の病院と証券会社両方の証拠保全を経験していますが、今回のように老人ホームを相手とする証拠保全は初めてのことでした。
  証拠保全手続きにおいては、裁判所から事前に余裕をもっての予告がありません。抜き打ちで実行しないと、証拠の改ざんのリスクが高くなるだけですから、当日の証拠保全直前になってから予告し、間髪入れずに、裁判官と裁判所の職員や証拠保全の申立てをした弁護士らが、ずかずかと相手方のもとに立ち入って来るわけです。普通の弁護士の仕事とはかなり異質で、申立て側にとっても、警察のガサ入れや税務署の税務調査のようなスリリングな緊張感がありますが、営業中の職場を急襲される相手方の驚きと緊張感はそれ以上だと思います。何度か証拠保全を経験している病院などは応対にも慣れているでしょうが、このような手続きに慣れていない老人ホームなどは、訳が分からずパニックになることが多いでしょう。しかし、今後日本でも加速する超高齢化社会において、このような老人ホームにおける事故案件はかなり増加していきそうです。それに伴って、老人ホームに対する証拠保全も増加していくでしょうから、今後弁護士は、このような新しいトレンドに対応するノウハウもしっかり蓄積していく必要に迫られるだろうと思いました。