弁護士の木下です。

 今日から新学期の学校が多かったですね。いかにも入学式帰りという親子連れをたくさん見ましたが、とても初々しかったです。
  実は、この4月8日という日は、私が昔、勤務弁護士として初めて事務所に出勤し、弁護士の仕事をスタートさせた日なので、私にとっても大きな節目の日です。この日が来ると、弁護士生活も〇年目に入ったなぁ、と感慨深くなるのですが、今年は区切りもよく新学期の月曜日でもありましたので、一層初心に戻って頑張ろうという、フレッシュな気持ちになりました。

 さて、前回に続いて、私がこだわる現場主義についてお話します。
 建物明渡しや交通事故のように現場主義の効果が分かりやすい典型例とは異なりますが、以前受任した国際離婚で、物価の差異が争点になり、私がこだわる現場主義的な感覚が役立ったことがあります。この裁判の相手方であるタイ人女性は既に帰国していて、今後母国で暮らすことが決まっていたのですが、こちらの依頼者である日本人男性から、慰謝料などの金銭を支払うことになりました。ただし、お金の支払義務は認めるとしても、いくら払うかをめぐって、日本の判例の基準による慰謝料の金額になるのか、それとも物価差を考慮して減額調整しなければならないかが争われました。今後日本では暮らすことを予定していない彼女に対して、物価差を全く無視した金銭の支払をすることは、余りに法外な慰謝料になる可能性があるからです。たとえば日本の判例の基準では、500万円の慰謝料が相当でも、物価が10分の1の母国に帰国すれば5000万円の価値があるわけですから、下手をしたら、日本人男性を狙って、一攫千金の慰謝料ビジネスのために、発展途上国から大勢の女性が来日するかもしれません。そして、この争点に関連して、日本とタイの物価差の有無及びその程度が争点となったわけです。

 私は、この事件のクライマックスとなる証人尋問を控えた年末年始休暇に、家族旅行を計画していたのですが、このとき旅行先を、初めて訪れるタイに決めました。純粋に一度行ってみたかった国ということはありましたが、ネットなどの情報が発達していなかった時代だけに、実際の物価差がどのくらいあるのか、この事件の関係で、直接経験してみないと分からないと思ったからです。そして、実際にタイのコンビニなどで、水などの日用品を買ったりして、やはり日本との物価差に数倍の格差があることを実感して帰国しました。ところが、尋問の中で、この物価差の争点に差し掛かり、相手方のタイ人女性は、日本とタイには物価の差異は全くないと言い出しました。彼女にとっては、物価差はないと判断された方が受け取れる解決金が減額されなくて有利だったためですが、それにしても、物価差を尋ねる私の反対尋問に対して、タイの経済成長は凄まじく、後進国だと馬鹿にするなとキレ気味にまくし立てました。このとき、私は、彼女の剣幕に怯むことなく、落ち着いて反対尋問の攻勢を強めることができました。それは、やはり直前に実際にタイに行って、物価に対する感覚を直接経験できていたことが大きかったからです。

  私:「今、日本とタイに物価の差異はないというお話をされましたが、どの商品やサービスにも物価差はないのですか?」
 彼女:「ないです」
 私:「本当ですか?」
 彼女:「本当です」
 私:「水とか日用品の値段も変わらないのですか?」
 彼女:「そうです」
 私:「日本の小売りで売ってる500mlの水は、100円くらいですが、タイでもそんなにするんですか?」
 彼女:「同じです」
 私:「それは、おかしいですよね。私は、先月タイに行きましたけど、バンコクのコンビニで売ってる500mlの水は、6バーツ…だいたい20円くらいでしたけど、これは間違いですかね!?」
 彼女:「………」
 私:「ここにバンコクで水を購入したときの領収書がありますので、後出の証拠である甲第◆号証として提出します。ねっ、6バーツしかしませんよね?」
 彼女:「………」
 私:「やっぱり日本とタイでは、5倍くらいは物価の差はあるんじゃないですか?」
 彼女:「………」
 私:「以上です。終わります」

  こんな感じで、尋問は終わり、結局一定の物価差を盛り込んだ、こちらに有利な和解で事件は無事に解決しました。もちろん、私が実際にタイに行っていなくても、物価差に関するデータを集めて理論的に反論することは可能だし、それはそれでやるべきことだと思います。しかし、私の中では、やはりそのような経験を、自分の中にきちんと持っておくことが感覚的に大切だとも思っています。

  今回の現場主義は、カドヤ食堂さんの出店確認に関連するお話がきっかけでした(こだわりの現場主義①~建物明渡し&交通事故編~)。このような催事場への出店状況を直接確認することによって、将来の類似契約にアドバイスをさせていただくときに、どのようなメリットがあるか、それはまだ分からないです。現場に足を運ぶひと手間が、特に役に立たないこともあるし、むしろ役に立たないことの方が多いかもしれません。ただ、そこはやれるだけのことをやってベストを尽くした結果なのかどうか、自分自身が一番良く分かっていますから、自分のこだわりとして、できる範囲で続けていきたいと考えています。