先週京都地裁で、ある資産家が残した遺言無効の判決がありました。
この遺言は、遺言者にとって何の血縁関係もない弁護士に対して、全ての遺産を遺贈するという内容でしたが、これが無効になると、遺言に基づいてこの弁護士が譲り受けた5億円以上の遺贈も返還しなくてはいけません。5億円となると、年5パーセントの遅延損害金だけでも年2500万円になりますから、とても影響が大きい判決です。
この判決はまだ確定したわけではないですし、どうしてこのような遺言が作成されることになったのか、遺言者と弁護士はどの程度の関係だったのか、私には詳しい事実はわからないです。ただ、遺言が有効か無効かは別にして、少なくとも何の血縁関係もない知人から、5億円以上の遺贈を受ける根拠が自筆証書遺言の紙一枚で、これで良しとして、本当に預金や株式を譲り受けてしまう感覚はどうかなぁと、賛成しかねます。公正かどうかは別にして、少なくとも公正らしくないからです。
これは受遺者が弁護士であるか否かには関係ないですが、その中でも特に我々弁護士や裁判官など法曹関係者は、公正と同時に公正らしさを強く求められますから、ここは十分に配慮しなくてはならないと思います。もしかしたら、遺言者にとって、この弁護士は人生最大の恩人で、遺言は真意に基づく感謝の表れだったのかもしれません。しかし、それで本当に周囲の人にも納得してもらえるのか、真に公正だとしても公正らしさの担保も必要と考えたときに、金額の大きさや血縁関係がないことに比べて自筆証書遺言だけでは、余りにも説得力に欠けるということでしょう。
私も、これまでに何度か遺言無効を争点とする裁判に携わってきました。このタイプの裁判については、最終的には遺言者の真意に基づく遺言といえるか否かがポイントになりますが、その判断材料として、見た目の公正らしさや真実らしさというものがかなり重要になります。
無効と判断される遺言はやはりそれなりに胡散臭い見た目になっています。私が関与した事件で一番印象に残っているのは、こちらから、被相続人が亡くなるよりも何年も前に作られた公正証書遺言を提出したところ、突然相手方から被相続人が亡くなる数週間前に作られた自筆証書遺言が提出された事件です。この自筆証書遺言には、全ての遺産を相手方に渡すことが書かれていたのですが、その見た目が奇怪で、当てつけのようななぐり書きで乱暴に記載されていただけでなく、遺言者の認め印が何故か十数個も押しまくられていて、名前の署名が何回か書き直されているものでした。また、今回京都地裁で争われた遺言も、「私のいさんは後のことをすべておまかせしている弁ご士にいぞうします」と通常なら漢字できちんと清書するような文字を妙な平仮名を混ぜて記載されていたようですが、私が扱ったこの事件の自筆証書遺言も「遺産」ではなく「いさん」など、妙な平仮名がたくさん記載されていたところは共通しています。
たかが形式されど形式というか、形って本当に大事ですよね。
結局、このようなトラブルを防ぐためには、やはり公正なだけではなく、公正らしさが要求されるわけです。自筆証書遺言が全て公正らしくないとは言いませんが、せめて見た目もきちんとした形式の文章にするべきだし、金額が大きいとか、訳ありの人に遺贈するなら、できれば公正証書遺言で作る方が望ましいです。公正証書遺言は、公証人の面前で内容を確認してもらうので、更に公正らしくなり、後日この京都地裁の裁判のように有効性が争いになる可能性は低いからです。
このような判決の後で、公正証書遺言について、弁護士に相談して下さいとは、なかなか言いにくいのですが、大半の弁護士は親身になって力になってくれるので、やはり公正証書遺言の作成については、弁護士に相談していただきたいと思います。