「目は(又は目も)口ほどに物を言う」ということわざがありますが、今日は質問って、難しいし怖いなというお話を。

  以前録画して見ることができていなかった、NHKの「ディープピープル」という番組の放送をようやく見ることができました。いわゆるオタクっぽい話を掘り下げるトーク番組で、私が録画したのは歴代のサッカー日本代表監督であるトルシエ、ジーコ、オシムの通訳を務めた3人の方の対談でした。政治などでもそうでしょうが、外国の方との間で、極めて専門的で細かい議論をすることは本当に難しいですね。特にスポーツは感覚的なニュアンスを伝える必要も多くて、改めて言葉の奥深さと通訳の大変さを感じました。

  ところで、このトーク番組の中で、仕事のときにもよく感じる、非常に興味深い話がありました。
  トルシエの通訳のフローランス・ダバディさんの話でしたが、日本で仕事をしていると、マスコミを含めて質問がざっくりし過ぎていて、訳すのが難しいことがあるとおっしゃっていました。具体的に言うと、試合直後の記者会見などで、真っ先に「今日のブラジル戦は、0対5の敗戦となりましたが…?」という質問をされるのが、最悪だそうです。日本では、主にスポーツなどにおいて、ざっくりした質問を振っておいて、インタビューされる側で自由に話すスタイルが浸透しているところがありますが、ダバディさんは、これは欧米では稀なスタイルだと話していました。試合の結果は、質問者も回答者も分かりきっていますからね。「0対5の敗戦でしたが…?」「だから、何!?」となるらしいです。このスタイルの質問は、別に敗戦時に特有というわけではなく、勝ち負けにかかわらず使われます。しかし、特に敗戦後などは、「0対5の敗戦でしたが…?」と聞かれると、質問というよりは、侮辱的な発言によって、晒し者にされているようで、トルシエなどは、性格的に顔を真っ
赤にして、「うるせえょ、だから何なんだよ、ふざけんなよっ」みたいにまくし立てて、キレまくり、会見にならなかったそうです。そこで、ダバディさんは、そのタイプの質問が来ると、内心まずいなぁと思いながら、「今日の試合は0対5で、残念ながら負けてしまったんですが、その中でも、攻撃のチャンスはいくつか作れていたり、粘り強い守備をしたり、良いところもたくさんあったと思うのですが、監督はその辺りについて、どのようにお感じになりましたか?」と、言葉を補って訳すことがあったそうです。すると、今度は視聴者から、「おいおい、またダバディが質問の3倍くらい喋ってるぞ。あいつ何か勝手に違う話してんじゃねぇか!?」みたいにクレームを言われるらしいのですが、そこは仕方ないと割りきるしかないようで、通訳さんも苦労されますね。
  ちなみに、オシムの場合、通訳の千田善さんによると、同じような質問に対して、「0対5の敗戦でしたが…?」とそのまま通訳しても、「それは私も知っている」とだけ答えて冷笑するそうです。これには、ダバディさんも、「フィリップ(トルシエ)には、そのユーモアは期待できないんですよぉ~」と苦笑されていました。

  実は、私が同じ大学の先輩合格者に司法試験の模擬試験の答案を初めて添削していただいたときに、一番最初に指摘されたことがこれでした。
  私の答案は問題提起が漠然とし過ぎていて、その応答に当たる、自分なりの結論やその理由がぼやけていて、一生懸命たくさん書いているわりには、全く説得力がないとダメだしされたのです。大変厳しいご指摘ですが、これは本当にそのとおりでした。当時、司法試験の勉強を始めたばかりだった私は、最初自説に当たる結論が悪いのかと勘違いしていましたが、悪いのは質問に当たる問題提起の方でした。より正確に言うなら、私は、その出題のポイントが何か、真に理解できておらず、結論や理由の掘り下げができていなかったからこそ、ざっくりと漠然とした問題提起しかできていなかったわけです。設問にされてるくらいだから、何かしら問題があることは当たり前です。それなのに、少し極端に言うなら、「この設問の事例には問題がある。したがって、以下、自説について論じる」みたいな論述をしていたわけですが、結論と理由は質問に呼応しているわけですから、そんなアバウトな問題提起をしてみたところで、ぼんやりした回答になるだけです。これでは、本質を捉えた結論
や説得力ある理由を引き出すことは難しいのです(できたとしても、すごく余分な時間や分量を要します)。
  本当に設問の本質が理解できて、ポイントを絞り込んだ鋭い問題提起ができるようになったと感じた頃には、説得力のある結論や理由が書けるようになっていて、司法試験にも合格していました。

  これは、仕事でも思い当たる節がありますね。
  依頼者の方や他の弁護士と打合せをしていても、質問を聞けば、その時点での質問者のだいたいの理解度はわかります。依頼者の方が法的ポイントがわからないのは当然で何ら構わないのですが、弁護士同士となると、的外れな質問をしてしまうと、交渉の力関係にも影響してきますから、こちらが意見を言うとき以上に、質問をするときには慎重になることがあります。
  正に、「質問は主張ほどに物を言う」というところでしょうか。わからないのに、わかった顔をして黙っていることは良くないですから、質問はするべきですが、わからないからよく考えないで何でも思いつくままに尋ねるのではなく、わからないなりに自分でも考えてみて、相手が唸るような質問をしてみたいと思うときがあります。
  冒頭のお話ですと、スポーツ番組などでは、マスコミや特に解説者の方は、「今日の試合を振り返ってどうでしたか?」という全体を俯瞰する質問だけではなくて、試合の勝敗を分けたポイントを絞り込んだ質問もして、試合の本質に迫るインタビューを引き出す努力もしてもらいたいですね。