先週、元司法修習生らによる国家賠償訴訟が集団提起されました。
 司法試験に合格すると、司法修習生として実務研修を受けるのですが、この間以前は毎月20万円程度の給与が支払われていました。しかし、司法改革によって司法試験合格者数が急増すると、財政上の理由などから、この給費制の打ち切りが検討され、遂に平成23年から、給与ではなく金銭を貸し付けるだけの貸与制に変更されました。今回の裁判は、この制度変更によって給与を受けられなかった人達が、法の下の平等(憲法第14条)による平等権侵害を理由に損害賠償を求めたものです。
 ただ、一人1万円の損害を求めているようですから、真剣に損害の回収を図るよりも、国や社会に対するアピールを目的としているのだと思います。

 さて、この裁判に対する率直な印象ですが、裁判を起こしてどのような法的主張をするかは自由ですから、提訴を批判するつもりはないですし、誤解のないように先に断っておくと、結論的には私も貸与制に反対で、最後に申し上げる条件付ですが、以前の給費制に戻すべきだと考えています。
 しかし、どうにも個人的には違和感がある裁判というか、こういう法的主張を公にすることで、本当に世論の共感を得て、国や社会にアピールできるものなのか、私には疑問に感じました。このような裁判で平等権侵害を訴えても、世間的には、司法修習生という見習いのような人に対して、何故に税金から給与を支払わないといけないのか、さっぱり理解できなくて、世論の支持を得られないのではないか…というか、逆に反感を覚える人の方が多くて、逆効果ではないかと思うからです。

 このように給費制廃止が平等権の侵害で違法と訴える法的主張が、世論の支持を受けにくいことにはいくつかの理由があります。
 一つ目の理由は、一体何と比べて不平等と訴えているのか、よく分からないからです。
 新聞記事によると、以前の給費制で研修を受けた司法修習生と比べて不平等だと訴えているようですが、司法試験を受験して司法修習生になることは、その人達の選択によるはずです。まだ給費制は廃止されないと期待して受験したという人もいるでしょうが、司法試験の合格者数が急増することが決まってから、既に給費制の廃止は検討されていましたから、その見込み違いを訴えるだけでは理由が弱いと思います。少なくとも、誰かに強制されたわけでもなく、各自が希望してそのときのルールに基づいて司法修習生になったはずなのに、それが何故平等権の侵害に当たるのか、違和感を覚える人は多いはずです。たしかに、今回の裁判は、性別とか人種とか、生まれながらに決まっていることを理由にする差別とは異なりますから、違和感を感じる方が多いのも無理はないと思います。
 この点、世の中には苦学して、奨学金などを頼りに勉強している学生は様々な分野にいると思うのですが、その制度が変更されて、当てにしていた給付が受けられなくなる度に、裁判を起こす人はどれ位いるのでしょうか。あなた達法曹の人は、少し不遜なところがあるというか、自分達が特別な存在だと、ちょっと勘違いしている節があるのではないか…私は、この給費制廃止の議論について、以前一般の方に、このような指摘を受けたことがありますが、そうなのかもしれません。
 実際、私も、昨今の弁護士の勤務条件に関する話題の中で、今時の弁護士は、みんな借金などをして大変な思いをして資格を取っているから、その苦労を考慮して勤務条件を厚遇するべきだと力説する弁護士の話を聞いたことがあって、呆れ果てたことがあります。環境が厳しいだけに、こういう八つ当たり的な勘違いは増えているのでしょうが、世論が今回の裁判の背景に、そのような法曹の奢りのようなものを感じないか、少し心配ではあります。

 2つ目の理由は、給費制を廃止することになったのは、何も理由がないわけではなくて、司法試験の合格者数の大幅な増加とリンクしているところ、合理的な区別というものは、憲法のもとでも許されることについて、一般の方も直感的に分かっているからです。
 現実的に世の中の平等とは実質的な平等で、形式的に不平等な仕組みは山ほどあります。例えば、累進課税制度など、形式的には極めて不平等ですが、合理的な理由による区別は許されるということです。差別と合理的な区別は分けて考えないといけないということですね。そして、今回の給費制廃止の理由に合理性があるかないかは、少し予算を計算してみたら分かることです。司法修習生に対する給与が一人につき年間350万円として、司法試験の合格者が1000人増えたら、年間35億円もの予算増加になりますが、このコストに充てる税金が降って湧いてくるわけではありません。司法試験合格者数は、長らく500名程度でしたから、2000名以上の合格者を出す最近では、この頃と比べて約1500名も増えているわけで、この手当てを考えないで、ただ貸与制反対とか、平等権侵害と訴えても、非現実的で無意味な話に思えます。したがって、司法試験合格者数の増加の是非に触れないで、給費制の是非だけを論じることは、始めから無理があり、私はこれらは必ずセットで論じられるべきだと思っています。

 要するに私は、司法試験の合格者を従来の500~1000人くらいの幅の中に戻して、少しずつ合格者数を増やすことを条件として、司法修習の方は給費制で、腰を据えてしっかり臨んでもらうのが良いという考えです。
 いずれにしても、司法改革の失敗による司法試験合格者数や司法修習生の生活に問題が生じていることは事実であり、今回のような裁判がその問題提起を図りたい意図は間違いではないと思いますから、その趣旨が正しく理解されて、改正に繋がっていって欲しいと感じています。