国内の最高気温が41度に更新され、最近は連日の猛暑関連の報道ばかりがトップニュースになっています。猛暑に加えて、ゲリラ豪雨と呼ばれる局地的な集中豪雨も珍しくない今日この頃、もはや日本は亜熱帯気候に分類されるべき時代に入ったのではないかとすら思います。
インドネシアやタイなど東南アジアの亜熱帯諸国においては、このような猛暑やスコールは当たり前で、トップニュースで扱うほど珍しいことではないはずですから、日本も次第にそのようになっていくのかもしれません。
さて、このように日本の気候そのものが激しく変化すると、それに合わせて暮らしの服装も変わらざるを得なくなりますね。特に、従来は正装の代名詞とされてきたスーツやネクタイの要否が問題となります。
私が司法試験に合格して司法修習生になった20年前は、真夏でもほとんど全ての弁護士がスーツを上下着用した上で、きちんとネクタイをして仕事をしていました。事務所内でも法廷でも、それが当たり前でした。
ところが、クールビズが浸透し、夏季期間は上着とネクタイを外す習慣に慣れてくると、この時期、法廷で上着やネクタイを着用している弁護士を見る機会はほとんどなくなりました。私の印象だと、司法業界では、一般の会社でクールビズが浸透した後も、暫くは真夏でも比較的かっちりした服装で出廷する弁護士が多くて、頑張っていたと思うのですが、さすがに限界のようです。
考えてみると、インドネシアやタイで、スーツの上着やネクタイを着用して仕事をする習慣はないでしょうし、日本でも沖縄では、かりゆしがフォーマルな服装として認知されていますね。私には、勤務弁護士時代の後輩で、現在は沖縄で仕事をしている弁護士がいるのですが、昨年仕事で沖縄に赴いて、彼と食事をする機会があったときに、沖縄では弁護士も皆かりゆしで裁判所に出廷するし、一度これに慣れてしまうと、もう本土に戻ってネクタイをしながら仕事をすることは、とてもできそうにないと笑っていました。
私はというと、どうも仕事のときのクールビズは気持ち悪くて、数年前までは真夏でも必ず上着もネクタイも着用していました。弁護士が正装していると、自ら服装を崩すのに気が引けるらしく、裁判官から、やんわりとクールビズを促される機会などもあったのですが、何となく気持ちが緩みそうで、長らく頑なに上着とネクタイを着用していました。しかし、その私もさすがに限界を感じて、昨年辺りからクールビズにしました。
もっとも、私の場合、それでも主に会議のときは、極力スーツの上着かネクタイを着用することが多いです。それは、その服装がお客さんに対するけじめや誠意だと思うからです。
時々弁護士の仕事の内容に服装は関係ないし、お客さんもそこに期待しているわけではないから…と、ラフな格好、たとえばジーパンにポロシャツで打ち合わせをする弁護士がいることは知っていますが、これは私には馴染めない考え方です。どのような服装で人に会うかは、結局のところ、自分のためだけでなく、どれだけ相手のことを思って、相手を尊重するかによると思うからです。たとえば、デートする相手が本当に大切な人なら、皆それなりに服装に気を遣って、相手を不快にさせないようにデートに臨みますよね。仮にその服装が少し窮屈で自分には楽じゃなくても、相手のことを大切に考えて尊重するなら我慢できるはずで、その我慢ができなくて、普段着のジャージでしか会いたくないというのであれば、その相手は、そのくらいの気持ちしか持てない人なんだろうと思います。仕事でも同じことで、あなたと会って話をするのに、僕は正装する価値は見出だせないし、面倒で嫌だから、自分にとって心地よいラフな格好でやるけど、あなたの仕事はきちんとやるから、文句ないでしょ…というのは、やはり奢りとか見下した感覚があると言われても仕方がないように思います(時々、その方が相談者も気軽に話しやすいと説明する人がいますが、これは完全な「気軽に」の履き違いというか、相談者が軽んじられてる…馬鹿にされてる…と感じるであろうことに対する苦しい言い訳でしかないように思います)。
結局、私にはジーパンにポロシャツで仕事をすることはできそうにないですが、一番良いのは沖縄のかりゆしのように、国や社会において、もう少し明確な形で正装の概念を変えてくれることです。冒頭でも申し上げたとおり、もはや亜熱帯気候に近いのでしょうから、夏季期間についてはその合理性は十分にあると思います。正装概念がかりゆしやアロハシャツに変更になれば、私も存分にそのような軽装で仕事に臨めるので助かりますが、まだ私が現役で仕事をしている間の実現は難しいでしょうから残念です。