先週、STAP細胞の研究論文に捏造があったと判断した調査委員会に対して、小保方晴子研究リーダーが記者会見を開いて反論しました。
美人リケジョとして騒がれた小保方さんだけに、小保方さんの記者会見に使用されたホテルの大広間の使用料は小保方さんが自腹で出したとか、小保方さんの巻き髪はそのホテルの美容室でセットしてもらったとか、小保方さん宛のファンレターが代理人弁護士の事務所にたくさん届いているとか、脱線気味な報道も多いですが、かなりの注目度でしたね。
私は、個人的には小保方さんが一度論文を撤回した方が良いのではないか、何故論文を撤回しないのかが最も気になっていました。
この点、小保方さんの言葉によると、STAP細胞の作製にはいくつかのコツが必要で、研究の進め方や論文の記載方法が自己流になってしまったことは、研究者として未熟で申し訳ない…ただ自分は200回以上もSTAP細胞の作製に成功していて、STAP細胞が存在することは真実だから、結論が正しい論文を撤回することはできないということでした。言わば、論文を撤回するということは、結論が正しくないことを認めたことになるから、それはできないというニュアンスが強かったと思います。
本当にそうなんでしょうか?
今回の記者会見を巡る一連の解説の中で、「科学の世界では、できないことの証明は難しいから、第三者にも作製できるように、小保方さんがSTAP細胞の作製方法を客観的に示さなくてはならない」という解説を盛んに耳にしました。STAP細胞を作製できると主張する小保方さんが証明できない以上、STAP細胞は存在しないものと扱われても仕方がないということです。
これは法律の世界で「証明責任」と呼ばれるもので、科学の世界って、我々法律の世界とは縁遠いもので、やや異次元の印象があったのですが、肝心なポイントは余り変わらないことがよく分かりました。
例えば、AさんがBさんに対して、貸していたお金を返して欲しいと請求し、「嫌だなぁ、あのお金は返したじゃないですか」とBさんから反論されたら、Aさんの方で、お金を返してもらっていないことを証明をするのは不可能だということです。Aさんが銀行の自分の通帳を次々出して、Bさんからの振り込みがないことを見せても、他にもAさんの銀行口座があって、そちらに振り込んだかもしれないとか、直接手渡したかもしれないなどと延々と支払の可能性を言われてしまうと、Bさんから受け取っていないことの証明など、Aさんにはできないのです。したがって、返したというのであれば、むしろBさん側に、いつ、いくらを、どんな方法で返したのか(振込か手渡しか)説明してもらって、その証明ができないなら、Bさんはお金を返したことにはならない、すなわちAさんの請求が正しいとみなす方が確実です。これを「証明責任」と呼び、この場合、弁済に関する証明責任はBさんが負担することになるわけです。
今回のSTAP細胞の一件を、この貸金の例に当てはめると、小保方さんの研究論文や研究ノートは自己流で第三者には分からないかもしれないが、確かにSTAP細胞の記載があるという主張は、借金は返した旨の自分のメモ(しかも下手をすると、自分にしか読めないような暗号的なメモ)は確かにあるのだから、弁済したのは間違いないと主張しているのと同じかもしれません。しかし、それでは、裁判で弁済の抗弁は認められる可能性は乏しく、第三者にも確認できる振込明細や領収書に基づく主張はできないのですか…という議論になるわけです。
結局、真実性の判定は、いきなり「結果」に辿り着くわけではなく、「手続」的な証明の可否を含めて、総合的に判断されるわけですから、「【撤回】イコール【結果の間違い】」という考えに固執するのは少々感情的過ぎて、小保方さんにもメリットは乏しいように思いました。小保方さんがおっしゃるように、たとえ「結果」が真実でも、現状ではそれを証明できる状態に至っていないのであれば、「手続」的に間違った論文も撤回対象であることを潔く認めて、論文を再提出した方が良いのではないか。むしろ、小保方さんがそこまでSTAP細胞の真実性に自信があるなら、一度撤回して、今度は小保方さんが語る「コツ」についても、きちんと説明して、第三者が作製を再現できる客観的証拠を添付した内容に仕上げてから、論文を再提出した方が正当な評価が得られるように思いました。
いずれにしても、小保方さんが語るSTAP細胞の存在を心待ちにしている人は世の中に少なくないでしょうから、本当にそれが存在するなら、冒頭のゴシップ記事的な脱線で時間を浪費するのは勿体ない話です。
この夢の万能細胞が早く実用化されるべく、小保方さんには正しいアプローチで再挑戦して頑張って欲しいと期待しています。