いわゆるPC遠隔操作による威力業務妨害事件で、保釈中の被告人が保釈を取り消されて、再収監されました。
 真犯人を名乗るメールが報道各社に届くという劇場型犯罪の結末は、策を労し過ぎた犯人が墓穴を掘ったという幕切れになりましたが、被告人が再収監される前日に被告人不在で臨んだ弁護士の記者会見をご覧になった方は、被告人と急に連絡が取れなくなったにもかかわらず、それでも被告人を信じているという発言を貫く弁護士を見て、弁護士というものはどこまでも被告人の味方をするべきなのか、弁護士も大変だな…と感じられたと思います。

 結果的に、被告人の無実は明らかで、被告人を信じていると記者会見で言い切った弁護士は、翌日には赤っ恥をかく羽目になったわけですが、一部にあった弁護士の責任云々を問う批判は誤りです。
 以前も述べましたが、私は、同じ弁護士として、それでも被告人を信じてあげるのが刑事弁護の本質だと思うし、その姿勢は正しいと思います(どこまで被告人を信じるべきか【勾留執行停止中の逃走事件】)。

 ただ、記者会見を見ていた私は、被告人の擁護の姿勢とは別に気になったことがあります。
 それは被告人の罪状認否に関する弁護士の方針そのものではなく、その発言の言葉の強さが非常に攻撃的で、強過ぎることでした。

 「絶対に」やっていない。

 彼が犯人でないことは「間違いない」!

 裁判は「明らかに」有利に進んでいたから、そんな工作をする必要は「全く」ない。

 一字一句まで正確に記憶していませんが、被告人の犯人性を否定する方針に変わりがないことを説明する際に、概ねそのような強い修飾語を伴った言葉が次々と並べられました。
 しかし、聞いている方は、何故弁護士がそこまで強く断じ切れるものなのか、そこまで言い切る根拠が不明確で、語れば語るほどに軽薄な印象は残りました。
 他方、余り歯切れが悪いと、無罪答弁の迫力も弱くなります。
 したがって、どういう言葉を使うのが妥当か、特に、弁護士が使用する形容詞や副詞による強調の程度は、非常に悩ましいものがあると、改めて考えさせられるものがありました。

 今回は記者会見の言葉でしたが、このような悩みは日々の内容証明郵便や準備書面の作成においても出てきます。
 相手方に送付したり、裁判所に提出するために弁護士が作る内容証明郵便や準備書面は、弁護士ごとに個性があります。弁護士によっては、相当しつこく修飾語を多用したり、強調するための強烈な主張をします。
 例えば、慰謝料を請求されている事件において、これを争い、そのような請求は認められないことを、準備書面で反論するのに、①「~~~だから、慰謝料請求は認められない」とだけ反論する弁護士もいれば、②「~~~だから、慰謝料請求が認められないことは明らかである」と強く反論する弁護士もいます。そして、③「~~~だから、慰謝料請求が認められないことは火を見るより明らかである」と強烈な反論をする弁護士もいるわけです。
 この点、強い言葉を並べれば、依頼者としては頼もしく感じるかもしれないですが、相手方の感情を逆撫でして、和解の機会を逃し、無用に紛争を長期化する危険はあります。また、裁判官も人間ですから、余りに攻撃的でエキセントリックな書面は読んでいて、決して気分が良いものではなく、辟易とさせてしまって、逆に印象を悪くするという話を聞いたこともあります。
 私の知人の弁護士などは、新人のときに勤めた事務所で、弁護士の準備書面には感情的な修飾語は基本的に必要ないと指導されたそうです。たしかに、彼は現在も簡にして要を得た文章を書きますが、法的主張が認められるか否かは、各主張の法的効果が発生するための主要事実の主張立証ができるかにかかっていますから、勝訴するためには情緒的な修飾語など使わなくても十分という姿勢には、逆に真のプロフェッショナルの凄みを感じます。
 法律の世界では、わーわーと、強い言葉で騒いだり、声が大きい方が勝つわけではないということです。

 もっとも、私は、この友人の弁護士とは違って、準備書面などの主張において、あえて適度な修飾語を盛り込むようにはしています。冒頭の記者会見のような強い修飾語ばかりを並べることは極力しませんが、ある程度の修飾語は必要だという考えです。情緒的な修飾語など控える方がプロフェッショナルであることは、先程述べたとおりなのですが、これらの書面は、依頼者の方にもお渡しして確認してもらうので、その感情に配慮する必要があると考えるからです。
 一般の方は、法的に必要不可欠な事実だけを粛々と展開しても、それで大丈夫なのか、何となく弱々しくて不安を覚えるものです。多少の修飾語を用いて、自分が正しいと信じる主張を明確に展開してくれる方が安心できるし、何より溜飲が下がる想いがするでしょう。

 私は、以前ある事件で、依頼者の法的主張について、適度な修飾語を織り混ぜながら、丁寧に書き込んだ訴状を作成したときに、裁判開始後、まだ判決も出ていないのに、依頼者の方のご主人から厚くお礼を言われたことがあります。女房が訴状を読んで、非常に感激していた…今までなかなか言いたくても、相手方に言えなかったことについて、品を保ちながらも強い論調で、分かりやすくまとめられていて、長年のもやもやがすっとした…裁判の結果はまだ出てないが、もう十分納得できたと、お礼を言われたわけですが、やはり準備書面などは、相手方だけでなく、依頼者がどう受け止めるかも、よく考えて書かないといけないということを再認識させられました。

 依頼者にとって満足感や納得感を感じてもらいながら、裁判官にとって重すぎず、分かりやすい書面のための適度な修飾語…これは私が弁護士である限り、永遠について回る課題だと思っていますが、今後も試行錯誤を重ねて、常に良いポイントを見極めるようにしたいと考えています。