アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

   先日、東京スカイツリーの開業が来年5月22日になったことと合わせて、高さ450メートルの第二展望台に昇る入場料が3000円に決まったことが発表されました。新聞社が街角でアンケートを実施したところ、70パーセントの人が「高い」と回答したそうです。実は、私も1500円くらいだろうと思っていたので、3000円のニュースを見たときには、余りの高額設定にびっくりしました。「450メートルという今までにない眺望を楽しめる」という社長の自信のコメントがありましたが、450メートルからの眺望は、そこまで価値があるものなのでしょうか?
   私は今年上海に出張したときに、地上100階で474メートルの上海環球金融中心展望台に昇りました。素晴らしい景色には違いなかったのですが、上海は周囲の景色がそれほど変化に富んだものではないので、1900円の入場料でも、微妙な高額感がありました(ただ、展望台の床の一部がガラス張りで地上が見えるので、その上を歩くゾクゾク感から、ある程度満足できました)。要するに、一口に450メートルと言っても、結局はどんな景色が見えるのかで満足感はかなり変わってくるはずです。東京の場合、海や河川が組み合わさっていて、晴れていれば遠方には綺麗な富士山などの山岳も見えるので、上海よりも変化に富んだ景色が楽しめそうですが、それが果たして3000円の入場料に見合うものかは、実際に見てみないと分かりませんから、楽しみに開業を待ちたいと思います。

   ところで、このように眺望に対する価値が高額化してくると(スカイツリーの場合、建設費用の回収という要素もあるので、純然たる眺望のみの対価ではないとしても)、法律には規定されていない眺望権をどの程度保護すべきかにも、大きく影響してきそうです。そもそも日本では未だに無料の景勝地も結構あり、風光明媚な眺望は自由に楽しめるもので、眺望に対して、そこまで高額な対価を払うという文化は乏しかったと思います。ところが、環境破壊も進み、眺望に対する価値が高まるとともに、次第に眺望権を争う裁判が出現しました。最近では平成18年12月8日に東京地裁が判決した、隅田川花火観覧用マンション事件が有名です。
   この事件は、隅田川花火大会が観覧できるという価値を重視して、取引先の接待に利用する目的でマンションの一室を購入した会社経営者が、その後、売主がこのマンションの近くに別のマンションを建築したために花火の観覧ができなくなったことに対して、約350万円の損害賠償を求めた事件です。裁判所は、原告が隅田川の花火の観覧という価値を重視してマンションを購入したことは、売主も知っていたか、知り得る状況にあったにもかかわらず、十分な配慮をすることなく、わずか1年も経たずに別のマンションの建築に着手したことなどから、売主の損害賠償責任を認めました。しかしながら、他方、このマンションが都心に位置していて、別のマンション自体は適法な建築物であることから、仮にこの売主が別のマンションを建築しなくても、いつか誰かが同様の規模のマンションを建築して、遅かれ早かれ原告は隅田川花火大会の観覧はできなくなっていた可能性もあるとして、最終的には合計60万円の慰謝料だけを認定しました。
   判決理由から考えると、原告がマンションを購入する目的を知っていたか知るべきだった売主自身が、マンションの売却後すぐに花火の観覧を妨げる行為をしたという特殊性がなければ、損害賠償を認めなかった可能性が高く、このような悪性の強い案件でも少額の慰謝料にとどまっていることから、逆に眺望権の保護が難しいことがよく分かります。日照権についても同じことが言えるのですが、特に都会の場合、付近に高層ビルなどが建築される可能性があることは仕方がないことであり、たとえ現状で素晴らしい眺望や日当たりが確保できていたとしても、そのような環境が永久に保障される期待までは、法的に保護されにくいです。それが都会で暮らすということであり、便利な都会で暮らす以上、ある程度我慢して下さいということです。

   良好な眺望は、人間が生きていくために不可欠のものではないので、今後も眺望権が保護される場面は限定的であるという基本的な考え方は変わらないと思います。しかし、スカイツリーの登場で、眺望の価値が更に見直され、隅田川花火観覧用マンション事件のように眺望権侵害が認められるケースについては、今後その慰謝料は高額化していくかもしれないですね。
   冒頭に述べた入場料に見合う景色かどうかもさることながら、スカイツリーは、眺望権という新しい権利のシンボルになっていく可能性もありますから、今後眺望権が浸透して、広く世の中に定着していくのかどうかという視点からも、スカイツリーの評判には注目していきたいと思います。