アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

   一昨日、ライブドア元社長のホリエモンこと堀江貴文さんが収監されました。
   報道によると、ホリエモンは、収監前に秋葉原で派手に壮行会を開き、収監当日は髪型をモヒカン刈りにして、「収監行ってきます」と書かれたプラカードを先導に、「GO TO JAIL(刑務所に行け)」の文字入りのTシャツを着て登場しました。しかも、動画サイトで収監の様子を中継するとともに、事前にブログなどで出頭時間を予告していたために、約400人の野次馬や報道陣でごった返すことになり、収監はさながらお祭り状態となったそうです。ホリエモンは収監後も、有料メルマガによって、刑務所での生活をレポートするらしいです。

   私は、ホリエモンが嫌いではありませんし、彼の突出した才能は素晴らしいと思っていますが、被害者感情を考えると、今回の収監を巡る一連のパフォーマンスには、正直なところ違和感を覚えました。
   たしかに、ホリエモンに対する刑罰は懲役2年6月で確定していますから(「ヘイエモン」は、想定の範囲内?(ライブドア粉飾決算事件))、その懲役刑に服しさえすれば、どんな髪型にしてどんな服装で出頭しようと、収監の様子をインターネット中継しようと、新たな罪に問われることはないでしょう。しかし、ホリエモンは、有罪が確定した犯罪の背後に極めて多数の被害者がいたことについて、どう考えているのでしょうか?ホリエモンは収監前に謝罪の言葉を口にしたようですが、彼に本当に謝罪する気持ちがあったかどうかは別にして、謝罪には形式も大切なわけで、モヒカン刈りにあのTシャツでは、被害者には伝わるはずもありません。彼が犯した犯罪は無差別殺人などではないですから、ピンと来ない人もいるかもしれませんが、彼の架空利益の不正計上を信じてなけなしのお金をライブドア株に注ぎ込んだために、後日その株が紙屑になり、途方に暮れている被害者もたくさんいますから、やはり彼の犯した罪は大変重いと言わざるを得ません。別に被害者に土下座して回れとか、全ての私財を投げ打って被害者に弁償しろとは言いませんが、せめて有罪が確定した犯罪者として最低限の慎ましさは持って、これ以上被害者の感情を逆なですることは止めて欲しいと思いました。
   この点、刑事裁判では被告人の反省について、犯行後判決前の行動も斟酌して量刑を決めるものですが、今回のホリエモンについては、判決後の行動も斟酌して、懲役刑の拘束期間を長くしてもらわなくては納得できない気持ちになる被害者も多いと思います。以前、少年事件については、判決言渡し時点に刑期が確定しておらず、その後の更生を見て最終的な刑期を判断する不定期刑があることをお話しましたが(少年法の不定期刑の改正は必要か?【富田林少年殺人】)、今回のホリエモンの行動を見ていると、場合によっては成人に対して導入してもいいのかもしれません。

   今回のホリエモンの収監について、被害者目線以外のもう一つの大きな問題は、懲役刑という刑法が用意した刑罰が、ホリエモンに対しては、効果的な罰になっていない印象を与えることです。むしろ、ホリエモンによって、格好のネタにされて、メルマガなどによって、彼の金儲けの材料にすらされてしまっています。
  現在、日本の刑法は独立に科しうる主たる刑罰として、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料を予定しています(刑法第9条)。死刑は受刑者の生命を剥奪する生命刑に、懲役、禁錮、拘留は受刑者の自由を剥奪する自由刑に、罰金、科料は受刑者から一定の財産を剥奪する財産刑に分類されますが、実は歴史的には受刑者の身体を傷つける身体刑という刑罰も存在しました。鞭打ちなどの拷問系です。自由刑と財産刑が主流になった現代の文明諸国では、鞭打ちなどの身体刑は残虐な刑罰に当たり、認められない可能性が高いです。しかし、他方、日本のように、最も残虐な刑罰ともいえる死刑が存続している国であれば、具体的な方法によっては身体刑も不可能ではないような気がします。ホリエモンには、こちらの方が罰としては遥かに効果的でしょう。
   念のために断っておきますが、私は、何も残虐な身体刑を復活させるべきだと説いているのではありません。受刑者にとって懲罰に値するペナルティーでなくては刑罰の意味がなく、抑止力が働かなければ安全な社会にならないことを憂いているだけです。今回はホリエモンの例を取り上げましたが、実は刑務所に入る目的で軽微な犯罪を繰り返す常習犯は後を絶ちません。多少の刑務作業があって、自由がなくても、雨露がしのげて3食と定期的な入浴が保証されている刑務所の生活の方が楽だと考える人もいるわけです。もし、厳しい一般社会で生計を立てていく生活よりも、刑務所内での生活の方が楽なのであれば、刑罰としての懲役刑を決めるための刑事裁判は非常に滑稽な茶番劇になってしまいます。古典的な刑罰のメニューに限界が来ているのかもしれないし、例えば今であれば被災地の復興作業に従事してもらう方が効果的で有益的なのかもしれません。罰金が払えない人に対する労役場留置という制度があるのですから(刑法第18条)、実現するには手続き的に繁雑で難しいとしても、考え方そのものとしてはあり得ないほど非現実的な刑罰ではないはずです。
   結局のところ、このブログでも時々触れていますが、社会の変化とともに、これに対応する法律の方も絶えず変化が求められます。ホリエモンのような古典的な懲役刑を恐れるどころか踏み台にしかねない斬新な人間が出て来ると、既存の刑罰だけでは対応できないかもしれず、近未来型の刑罰の種類を考えるいい機会なのかもしれませんね。