アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

   先日、JR福知山線脱線事故の裁判で業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本の前社長が、検察官より禁錮3年を求刑されましたが、同時に被害者参加制度に基づき、遺族の一人から無罪相当の異例の求刑がなされました。その波紋については、かなり大きく報道されましたから、ご存知の方も多いと思います。
   まず、この被害者参加制度ですが、これまで黙って刑事裁判の成り行きを見守るしかなかった被害者が当事者として刑事裁判に参加して、判決に直接影響を及ぼすことができるようになった画期的な制度であることは、以前もお話させていただいたとおりです(刑事裁判の被害者参加【富田林少年殺人】)。これによって犯罪被害者は、情状と呼ばれる被害者の心情に関する意見だけでなく(刑事訴訟法第292条の2)、検察官とは別に独立して、いわゆる論告求刑と呼ばれる起訴事実や法律の適用についての意見も陳述できるようになりました(刑事訴訟法第316条の38)。例えば、先例とのバランスから検察官が無期懲役しか求刑しなかった殺人犯に対して、被害者である遺族が死刑を求めて、裁判で意見陳述ができるわけです。
   このように被害者参加は、検察官とは異なる独自の視点で、被害者感情を反映できる新しい制度ではありますが、今回の裁判では二つほどの問題点も露呈されたと思います。

   一つ目は被害者参加と過失の評価についてです。
   すなわち、JR西日本の前社長が問われた業務上過失致死傷罪は過失犯であるわけですが、この過失を法的に認定するためには、結果の予見可能性や回避可能性が前提となります。あくまで、予測できたのに、また回避できたのに、不注意で人を死なせたり傷つけたことが問題なのです。決して後になって結果だけで責任を取らせるわけではないので、どんなに結果が悲惨で多数の人が犠牲になったとしても、予測できないものや回避できないものについてまでは、不可能を強いて処罰することはできないのです。これは専門家でも、かなり困難な認定になりますから、ただでさえ冷静に意見を述べることが難しい遺族に対して、過失という難解な法的評価をしていただくことの是非については、やはり再考の余地があるように思いました。例えば、過失犯の意見陳述については、必ず代理人弁護士を選任して法的アドバイスを受けることができるようにして、その金銭的な負担は国選弁護人類似の制度を設けるなどの改善方法があり得ると思います。

   二つ目は、複数の被害者が存在する犯罪における被害者参加の進め方です。
   今回の脱線事故の被害者の大多数は、前社長に対して厳罰を望んでいます。ところが少数とはいえ、被害者側から無罪相当の意見が出され、処罰感情も含めた意見の足並みが揃わないことの影響は大きいです。他の被害者の中から、「遺族としてはそうした考えは胸の内に収めておいて欲しかった」というコメントがあったこともよく理解できます。ただ、思想良心の自由や表現の自由との関係で考えても、ここは無罪と感じている被害者に対して、沈黙を強いることはできないでしょうから、大変悩ましいところです。
   もし、これが被告人が一人でも、被害者ごとに罪や量刑が変わり得る犯罪であれば、余り問題にはならなかったと思います。例えば、連続通り魔傷害事件などは、個々の傷害事件を個別に評価できますし、場合によっては一部の起訴事実については無罪となることもあるわけですが(3日連続の通り魔事件の犯人として裁判にかけられた被告人が、最初の2つは認めて、3つ目の事件は別の模倣犯によるもので、自分は犯人ではないと否認し、一部無罪が認められるケースなど)、この場合、裁判所には少なくとも自分が被害に遭った事件の意見をしっかり聞いてもらえれば目的は達しているわけで、仮に個々の被害者の意見が同じにならなかったとしても仕方ないでしょう。しかし、JR脱線事故は被害者ごとに部分的に有罪になったり無罪になったりする可能性は考えにくい事件です。いわば被害者達は、一隻の同じ船に乗っているようなもので、個々の被害者に自由に意見陳述する権利はあるといえども、非常に辛い気持ちで無罪相当の意見を聞いた人も多いと思います。
   この点、制度としては、余りに多数の被害者が同時に刑事裁判に参加することまでは十分に想定していなかった可能性があり、事前に検察官が中心となって、被害者間の意見の調整をするしか当面の改善策はなさそうです。

   なお、以前裁判員法附則第9条によって、平成24年5月までに裁判員裁判は見直される話もしましたが(皆さんは本当に裁判員になれますか?【富田林少年殺人】)、同じく司法改革の流れを汲んで誕生した被害者参加制度の問題点についても、是非その機会に合わせて議論していただきたいと思います。