アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

   昨日、サッカー元日本代表松田直樹選手が急性心筋梗塞のために急逝されました。まだ34歳の若さでした。慎んで心よりご冥福をお祈り申し上げます。
   松田選手といえば、川口能活選手らとともに、オリンピックでブラジルから金星を挙げた、いわゆる「マイアミの奇跡」の立役者の一人であり、日韓ワールドカップにおいてもレギュラーとして活躍し、日本初のワールドカップ16強に貢献しました。日本プロサッカーの創成期を支えた松田選手の急逝は、私の中でも大変なショックです。

   練習中に突然倒れて救急搬送された松田選手の治療については、所属クラブも練習場の公園もAEDを準備していなかったことが取り沙汰されていますが、法律に関わる立場として、私の頭に浮かんだもう一つのことは、松田選手の遺言書の有無でした。
   先に誤解のないよう、念のために申し上げておきますが、私は松田選手に法的な紛争が起こることを示唆しているわけでも、遺言書の用意について松田選手を批判しているわけでもないのです。ただ、弁護士という仕事をしていますと、年齢に関わらず、やはり遺言書は早目に用意しておいた方が望ましいなと純粋に感じる瞬間が多いです。たしかに以前は、「遺言書などそんな大それたものは私には必要ない」と拒まれる人が多かったです。遺言書は遺産が何億円というお金持ちに必要なものだという認識の人が多かったからだと思います。ところが、現実の相続に関するトラブルは、必ずしも遺産の大小とは連動しないことが多いです。僅かな預貯金しかないからこそ、その遺産を巡る争いが激しくなるときはありますし、高額とまでは言えない中古のマンションでも、それが唯一の遺産でそこが実家であったりすれば、それを売却処分するか否かで、相続人たる子供らが鋭く対立するときもあります。また、お墓の管理を巡る争いもありますが、これらは必ずしも遺産の大小とは関係ないです。このように我々がよくご相談を受ける紛争例に鑑みますと、改めて遺産の大小とは関係なく、紛争防止のために広く遺言書を用意した方が良いことが分かりますが、更に付け加えるなら、紛争防止という本来の目的を離れたとしても、やはり遺言書はあった方が良いと思います。残された人達に対して、文字通りそれが自分の言葉で思いを託す最後の機会となるからです。感謝の気持ちでも、お礼でもお詫びでも何でも構わないですが、最後に自分の生きざまをきちんと振り返って思いを伝えることは、人間としてとても大切だと私は思います。
   所属クラブにおいて、ミスターマリノスと呼ばれた松田選手は横浜マリノスのJリーグ連覇に貢献しましたが、昨年マリノスを退団し、今年から下部カテゴリーのJFL松本山雅というクラブで若手選手に混じって新たなキャリアをスタートさせたばかりでしたから、志半ばでのその無念さは察するに余りあります。後進のために、松田選手自らの言葉で伝えておきたかったこともあったのではないかと思うのです。遺言書はこのような思いを紡ぐ役割も果たしてくれます。最近は遺言書のこのような効用も含めて、その必要性がかなり認知されるようになり、書店に並ぶ遺言書キットの売上は好調ですし、我々が企画する法律相談セミナーなどにおいても、遺言書に関するご相談件数は増加していますが、もっともっと世の中の人に知ってもらって役立てて欲しいと思うのです。

   ところが、このように遺言書作成の必要性は認知され始めたものの、それではいつになったら遺言書を作成するとよいのかの議論は、残念ながらまだ成熟していないと思います。70歳になったらとか、定年退職したらとか、漠然とした認識にとどまっている人が大多数ではないでしょうか。
   この点、結論としては、概ねの目処として成人すれば、遺言書作成は早ければ早いほどよいというのが私の意見です(但し、自筆証書遺言書は有効性の要件が厳しいので、この注意は必要ですが)。理由は二つあります。一つ目は先程述べたとおり、遺言書のメリットは遺産の大小には必ずしも関係ないため、まだ若いからとか、そんな大袈裟な財産はないからという理由に関係なく、早目に作った方が良いと思うからです。二つ目は仮に早目に遺言書を作って、後に考えが変わったとしても、遺言書は何時でも書き換えることが可能であり、最後の遺言書が有効となるので、早く作り過ぎることに何らデメリットがないからです。
   実は、今年になって私も遺言書を作成しました。遺産と呼ぶほどのものはないのですが、以前もお話したように私はネコを飼っていますので(ペットと受動喫煙)、万が一のときは、そのネコの世話をきちんとしてくれる家族に財産を渡したいと思っています。そうであれば、その思いを残すためには、遺言書は不可欠になります。

   そもそも、人の寿命は分からないものです。
   松田選手だけでなく、近年プロレスラーの三澤光晴選手やプロ野球巨人のコーチをしておられた木村拓也さんが若くして急逝されたときもショックでしたが、一度生を得た以上必ず亡くなるときは訪れるわけで、いつまで生きられるかは分からないものです。私は人生を一応60年までと考えていて、仮にそれ以上生かされるのであれば、それはボーナスだと思っています。それまでに、やるべきことはやっておこうと思っています。そうであれば、私の遺言書作成も決して早すぎるものではなかったのでしょうし、遺産の有無や老若男女の条件に関わらず、自分の亡き後、このように取り扱って欲しいという思いがある人は、皆早目に遺言書の形にして、それを明記しておいた方が良いと思います。

   松田選手の急逝に遭遇して、最近遺言書を作成した自分の身にも置き換えて、法律家として、今日は遺言書のことをお話しましたが、とにかく今はただただ松田選手を偲んで、そのご冥福をお祈りしたいです。そして、一サッカーファンとして、心からお礼を申し上げたいです。
   松田選手、本当にお疲れ様でした。これからも、松田選手がずっと情熱を注いで来られた日本のサッカー界を見守ってあげて下さい。本当にありがとうございました。さようなら。