2割以上の弁護士の所得(売上から経費を引いた金額)は、年間100万円以下まで下がっているという衝撃的なデータが発表されました。しかも、これは一昨年のデータですから、現在は更に悪化しているはずです。毎週2万円弱の所得と同額ですから、週数回のアルバイトで生計を立てる暮らしの方が自由で良いんじゃないのか?…という声も聞こえてきます。
この件は、記事によって、いろいろな書かれ方をされているみたいですが、私は、電車でゴシップ系の夕刊誌を読んでいる人の煽り記事を見て知りました。
まさかここまで落ちるとは…このままでは犯罪に走る弁護士が続出しかねない…彼らは法律の抜け穴に精通しているから、社会的にやっかいな存在になるかもしれない…と、ひどい煽られ方でした。
弁護士サイドから見ると、やはりショッキングな記事で、当然話題になるでしょうが、私が気になるのは、この記事が依頼者である国民サイドから見て、どのように受け止められるのかということです。すなわち、弁護士だけのコップの中の嵐なのか、自分達にも関わる可能性がある由々しき事態として、多少は関心を持って受け止めてもらえるのか…ということです。
この点、弁護士も数ある仕事の中の一職業に過ぎないですから、もちろん弁護士を特別扱いする必要はないと思いますが、依頼者一人一人の人生に深く関わる仕事ではありますから、余りに弁護士の生計が不安定になると、結局は依頼者である国民サイドに対する不利益となって返ってきます。
特に、弁護士は業務上お金を預かる機会が頻繁にあるのですが、こうなってくると、弁護士に対する社会的信頼を維持できて、このような仕組みを守れるのか、大いに疑問があります。 これまでは、和解をして支払うべき解決金について、弁護士が管理してくれているなら安心とされ、その信用を担保にして、和解の協議の詰めを進めるなど、円滑な紛争解決が図られてきました。何千万円もの大金も、弁護士に社会的な信用があったからこそ、信頼して預けていただいてきました。しかし、それら弁護士の生活が極端に苦しくなると、預かっているお金を流用したくなる誘惑に駆られるかもしれません。もちろん、仮にどんなに貧しくなっても、「職業倫理はしっかりとしています」と力説する弁護士がほとんどでしょうが、依頼者である国民サイドは、その日暮らしをしていて、生活に困っている人間に対して、大切なお金を安心して預けることなどできるのでしょうか?
我々の事務所には、「お金の問題じゃない」と怒りながら来所される方が結構いらっしゃいますが、それでも実は、法的解決の大半は、結局お金でしか評価できないことが多いです。多くの案件は、お金のやり取りを通じて解決していくわけです。したがって、必然的にお金を扱う機会が多い弁護士に対するこのような信頼関係が崩れると、業務はスムーズに進まなくなり、ひいてはそれは依頼者の不利益にも繋がってきます。私はそこが一番心配です。
以前にも書いたとおり、やはり弁護士業務には、最低限のゆとりは必要だと思います(弁護士業務にはゆとりが必要か?【司法試験合格発表】)。別に弁護士を特に儲けさせる必要などないですが、きちんと業務に集中できる安定感はないと、結局は依頼者である国民サイドにも大変な悲劇を招く可能性があります。
今でも極端な弁護士増員論を唱える一部の識者はこの辺りの現実を全く理解できていないのだと思います。