弁護士の木下です。

  先月に続いて、弁護士ドットコムから、記事の執筆のご依頼がありました。
  ちょうど自分の書籍の執筆の最終校正が終わって、連日の徹夜続きから解放されたところでしたから、勢いでお引き受けしましたが、極めて限られた文字数の中で、興味を削がない正確な解説をすることは、改めて難しいと思いました(ブログを更新する弁護士が増えている理由【弁護士ドットコムへの記事掲載】)。

  さて、今回の執筆依頼のテーマは、先日の吉祥寺駅前女性刺殺事件を参考にしたもので、犯罪を犯した少年の氏名や写真など本人を特定できる情報の報道掲載は禁止されているのに(少年法第61条)、一般人のインターネットによる情報の暴露は許されるのか?…というものでした(罪を犯した少年の顔写真、ネットでばらまいてもいい?)。
  私の記憶では、この問題は、神戸児童連続殺傷事件…いわゆる酒鬼薔薇事件の後、一気に議論される機会が増えたと思います。当時社会を震撼させたこの事件は、私が住んでいる関西地区で起こったこともあって、連日犯人である少年の実名や家族の情報がインターネットに掲載されている話を耳にしました。このためクチコミ情報と相まって、報道規制中であるにも関わらず、少なくとも我々の周辺では、犯人の実名などは半ば公知の事実になっており、そこで「FOCUS」が実名報道に踏み切って、完全な確信犯として、少年法61条の報道規制に違反するという異例の展開となりました。
  また、私は当時弁護士になって数年でしたが、少年の弁護人を務めた弁護士の事務所には、嫌がらせの電話や抗議の手紙が大量に押し寄せ、大変な苦労をされたというお話をお聞きしたことがあり、プライバシーやそれを守る人達の業務と報道との調整…特に前者とインターネット時代の爆発的スピードによる情報流通との調整について、深刻な難しさを感じました。
  あれから16年の歳月が流れましたが、今回の吉祥寺の事件を見ても、基本的にこの問題は解決していないことがわかります。

  ここで、表現方法が不当でなければ、基本的に罪にはならないとした記事を若干補足しておきますと、少年法61条の報道規制には罰則規定がないとはいえ、これは訓示規定ではないので、罪を犯した少年を特定する情報の表現方法によっては、報道機関だけでなく、一般人も名誉毀損罪で処罰されたり(刑法第230条)、不法行為として損害賠償責任を問われる可能性はあります。
  ただ、この民事の損害賠償請求も棄却されている判例が多くて、たとえば1998年に起きた堺通り魔殺傷事件があります。犯人である少年の実名や中学時代の顔写真とともに、少年の生活状況などが掲載されたため、少年は、新潮社に損害賠償を請求しました。しかし、大阪高裁は、少年法は「少年時に罪を犯した少年に対し実名で報道されない権利を付与していると解することはできない」として、「表現行為が社会の正当な関心事であり、その表現内容・方法が不当でない場合には、その表現行為は違法性を欠き、違法なプライバシー権等の侵害にならない」として、少年の請求を棄却し、この判決が確定しています。
  戦前の少年法には、報道規制違反に対する罰則規定が存在しましたが、これが現在の少年法では廃止されたことを斟酌しても、徐々に少年のプライバシーと比べて、表現の自由が尊重されている流れがありますが、少年法改正に向けた法制審議会の要綱についてもお話したように(判決の付言が秘める力【少年法改正要綱】)、このような規制をどうするかは、結局時代ごとの変遷があります。日本の治安に関する安全神話が崩れかかっている中で、犯人が少年か否かに限らず、犯罪の検証や抑止の努力は必要でしょうから、その範囲で、正当な表現の自由はますます尊重されていくかもしれません。

  大切なことは、少年のプライバシーはアンタッチャブルと考えるわけではなく、しかしながら、徒に興味本位で少年のプライバシーを晒し者にする表現を許すわけでもなく、表現の目的や方法を吟味して、双方の折り合いをつけながら、個々の少年のプライバシーだけでなく、日本が誇ってきた社会の安全の維持にも配慮していくことなのだろうと思います。